親鸞に学ぶ幸福論

「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのか」はっきり示した、メールdeで学ぶ仏教教室です。無料メール講座が好評です。受講者4000人。

インスタ映えの投稿ができる人とできない人の違いから、仏教を語る

f:id:kikuutan:20081026120523j:plain

 

 

業界(1)】


昨年の流行語大賞は「インスタ映え」でした。

旅行では「インスタ映え」画像を求めて、みな目の色を変えています。

それでも「こんなところに行きたいなあ」と多くの人が心を動かされるような

「インスタ映え」画像を次々と投稿できる人もあれば、

全く心を動かされない投稿ばかりの人もあります。

この差はどこから起きるのでしょうか。

 


旅行先選びの善し悪しもあるでしょうし、撮影技術も関係してくるでしょうが、

それ以上に大事なのは「気づく」感性、だと思います。

フランスの彫刻家ロダンは

「美しさというものはいたるところにある。

ところがそれに気づかないのは、美しさがわれわれの目にそむいているのでなく、

われわれの目が美しさを認めそこなうのだ」

と言いました。

美しさはどこにでもあるが、その美しさに気づく人と気づかない人がいて、

美しさに気づかない人はどんな旅行先を選んでも「インスタ映え」しない画像を投稿し、

美しさに気づく人は、近所の散歩でも「インスタ映え」する画像を投稿する、ということでしょう。

 


これはインスタ画像に限ったことではないと思います。

画家でも作家でも詩人でもミュージシャンでも、一流のアーティストは「気づく人」なんでしょう。

 


さらにいえば「美しさ」においてだけでなく

「魅力」「人材」「価値」といった言葉をあてはめることもできますので、

経営者、教師、親、学者、どんな立場の人にとっても大切なことです。

人と接して、その人の魅力に気づく人もあれば、気づかない人もあります。

その隠れた才能を発見する人と発見できない人とあります。

「名医の目には薬草にならない草はない」という漢方薬の言葉があるように、

何かに触れ、価値に気づく人もあれば、全く気づかない人もあります。

 


「周りの人はつまらない」「人生はくだらない」という人と

「周りの人に感謝したい」「人生はすばらしい」という人の違いも

その原因はこんなところにあるのではないでしょうか。

 

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。



 

「富岡八幡宮で初詣って、実際どうなる?」の論議に一言

  f:id:kikuutan:20171230103007j:plain

 

 

 


【鬼神(1)】

 

東京の富岡八幡宮で宮司の女性が、実の弟に

日本刀で斬殺される事件が起きました。

犯人である弟は姉を殺した後、自分の妻も殺し、

自らも八幡宮の境内で自殺しました。

年の瀬を前におこったセンセーショナルな事件は、世を騒然とさせました。

 


私は、この事件の一連の報道から、

改めて日本人の根深い『鬼神信仰』を思い知らされています。

 


日本人は「自分は無宗教だ」と口にする人が多いですが、

そんな人でも無自覚に信じているのが「鬼神信仰」です。

 


「鬼神信仰」とは、死んだ人間、特に非業の死を遂げた人物が、

死後、怨霊となって祟りをなすというもの、

あるいは優れた功績のあった人物が、死後も強い霊力を持った英霊となって

禍福を与える力を持つと信じられている信仰です。

 


たとえば全国各地に多い菅原道真をまつった神社ですが、

これは藤原家の讒言により流刑となって死んだ菅原道真が

怨霊となって藤原家を呪っているから不幸が来ると信じた藤原家が

その霊を鎮めるために建立されたのが始まりです。

 


今回の事件では、犯人の男は自殺前に書き残した手紙に

「私は死後においてもこの世に残り、怨霊となり、永遠に祟り続けます」と、

怨念に満ちた内容を残しました。

富岡八幡宮の元宮司だった男は、金遣いの荒さと女遊びのひどさから宮司をやめさせられ、

代わって宮司になった姉を逆恨みしていたようです。

姉を恨み、のろい、祟ってやると憎悪の念を募らせていった末の犯行だったのでしょう。

「死後、この世に残り、怨霊となり、永遠に祟る」と書いているのだから、

本人も強い「鬼神信仰」を持っていたのがわかります。

 


富岡八幡宮は東京を代表する有名な神社なので、

毎年、初詣の時期は立錐の余地もないほど境内に人が集まるそうですが、

祀られている神は応神天皇です。

天皇だから英霊であるとされ、強い霊力を持つ存在として祀られているのですから、

その神社にご利益を求めて人が殺到するのも、「鬼神信仰」です。

 


しかしこのたびの富岡八幡宮の初詣は人が来るでしょうか。

なにしろ富岡八幡宮が「家内安全」をご利益に謳っている神社だけに、

宮司の親族で起きた「家内安全」とかけ離れた事件に

権威失墜も甚だしいものがあります。

 


しかも犯人の男が「怨霊となって祟るぞ」と宣言して、

境内で自殺しているところから、

そんな神社に行ったら祟られそうだという声が多くあります。

その声もやはり「鬼神信仰」からくる発言です。

 


不動産でも、自殺や殺人があったような部屋は事故物件として扱われ、

家賃が安くなりますが、そういうことを気にするのが「鬼神信仰」です。

 


神社としても一年で一番賽銭が見込める初詣に人が来ないと大変だということで

さっそく祓い清めの儀式を行い、

「一切の邪気と不浄を祓い清めました」とアピールしています。

そのような「祓い清め」をすれば邪気が祓われ、幸福になるというのも

「鬼神信仰」です。

 


苦しいことが起きても、すべては自分のまいた種の結果によると説く仏教は

自分以外の誰かのせいにして、恨み、呪うことを

「愚かな心」と否定しますし、

「祟り」をなすという「鬼神信仰」も否定します。

 


ところがその仏教を明らかにしなければならない僧侶でありながら、

読経して怨霊退散させると触れ回っている輩は多いのです。

親鸞聖人の時代にもあったようで

「かなしきかなやこのごろの 和国の道俗みなともに

仏教の威儀をもととして 天地の鬼神を尊敬す」

“なんと悲しいことか。現今の日本の僧侶も在家の人も、

外見は仏教でも、内心は鬼神信仰だ”

と嘆かれています。

=========



 

脳科学や心理学をどれだけ学んでも、やはり好転できない人間関係がある

f:id:kikuutan:20171228154849j:plain

 

 

 


【業(ごう)(1)】


精神科医は「結婚すると豹変する人の心理的特徴」を述べ、

心理学の教授は「男女の嫉妬の違い」を解説し、

脳科学者は「イライラの発生」を分析してみせます。

それらの人の主張は、それはそれで正論に聞こえますし、

彼らの学説によって恩恵を被る人も多く、意義があるのでしょう。

ならば彼らの意見には耳を傾ける価値があるのでしょう。

 


しかしその精神科医が奥さんと上手くいかず離婚調停中だったり、

その心理学教授がライバルに嫉妬して陥れようとしたり、

その脳科学者が家族に怒りをぶつけて家庭を暗くしている、

ということがあるものです。

 


鋭い人間風刺で知られるラ・ロシュフーコーが

「人間一般を知ることは、一人一人の人間を知ることよりやさしい」

といっています。

 


精神科学、脳科学や心理学などの学問により、

現代人は人間の行動、考え方などの知識を身につけ、

人にまで話せるようになっていますが、

自らが日々直面している具体的な人間関係の悩みは、

少しも克服できないままでいます。

「わかっちゃいるけどやめられない」

知識や学問では解決できない人間の業(ごう)の複雑さを知らされます。

 

最澄や空海の教えと浄土真宗の違いとは

f:id:kikuutan:20171226171005j:plain

 

 


慈悲(1)】

 


今年の流行語大賞には選ばれませんでしたが、

政界、日本全体へ与えた影響という点でいえば、多大であり、

言葉の持つ影響力の強さを思い知ったのが、

小池都知事の発した「排除」という言葉でした。

実に冷たい、傲慢な響きのある言葉に、世論は敏感に反応しました。

小池旋風は急速に衰え、排除議員への同情、応援につながり、

野党一党は立憲民主党に取って代わられる結果となりました。

 


その昔、最澄が開いた比叡山も、空海の開いた高野山も「排除」の山でした。

彼らのみならず、日本の仏教は奈良・平安時代を通じて、

権力者の政治体制の安泰を祈るのが役目でした。

大仏で有名な東大寺は、国家を護るために時の天子が造った寺です。

奈良の興福寺も藤原家の繁栄を祈る寺でした。

比叡山の延暦寺も、京都に都を遷す際に、京の都を護るために創建されています。

いずれも支配階級である貴族のための寺であり、

極楽浄土へ往けるのは、戒律を守る修行僧か、寺に財物を寄進する貴族だけ、

とされていました。

肉を食べ、結婚生活する平民は、戒律を守ることはできません。

貧しくて寺に納める物もありません。

庶民は、最初から救済の対象から外れていた、いわば「排除」された存在だったのです。

 


そんな中にあって「それは決して真実の仏法ではない」と宣言されたのが

法然上人であり、親鸞聖人でした。

歎異抄に「阿弥陀仏の救いは老少善悪の人をえらばず」とあるように、

僧侶も在家の人も、老いも若きも、男も女も、

貧富の差も才能の差もなく、健常者、障がい者の違いもない、

全ての人がありのままの姿で救われるのが本当の仏教であることを、

法然上人と親鸞聖人は敢然と明らかにされたのです。

 


その教えは、天台・真言などの当時の日本中の仏教界を震撼させ、

やがてそれは法然・親鸞両聖人の流罪という「承元の法難」を引き起こしたのですが、

天台・真言などの仏教から見捨てられていた民衆にとっては、

両聖人の説かれる阿弥陀仏の本願は、どんなにこそ励まされ、

勇気づけられるものであったことでしょう。

 

=======================

仏教を分かりやすく体系的に学べる全20回の無料メール講座です。
おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます。
登録解除もいつでも自由なので、一度お試しに覗いてみてください。

良い縁を引き寄せるために、今すぐできることとは

f:id:kikuutan:20120125194615j:plain

 


【因縁(3)】

 


何年か前、ある女性芸能人が覚せい剤常習の男と結婚し、

自分も覚せい剤に手を染めるようになり、

ある日、夫婦そろって覚せい剤使用が発覚し、逮捕されるという事件がありました。

 


夫が覚せい剤常習者だった場合、奧さんがいくら手を出さないよう自制していても、

なかなか難しいのだと思います。

同じ屋根の下で寝食ともにする仲ですから、どうしても影響されてしまいます。

 


覚せい剤は再犯率が高いので有名ですが、

その女性芸能人は、絶対に再犯しないという自己の決意を貫くために

まず断行したことは、夫との離婚でした。

その後、出所した元夫は、再犯でまた逮捕されていますから、

離婚していなかったら、彼女自身も覚せい剤と決別することは

できなかったのではと思います。

 


このように、どんな人と結婚するかによって、人生は大きく変わります。

悪い縁を選んだら、どんどん不幸になってしまいますし、

良い縁を選んだら、次々と恵まれるようになっていきます。

そこでお釈迦さまは「良い縁を選べる人になりなさい」と教えられています。

 


では良い縁を選べる人になるにはどうしたらいいのか、

その方法をお釈迦さまはいろいろと教えておられますが、

今回はその一つ、「心施」を紹介しましょう。

「心施」とは“心を施す”と書き、

心から「ありがとう」と言うことです。

どんな人でも心がけ一つでできる言動です。

 


「こんなことに努めるだけで良い縁を選べるようになるんですか」

と思われるかもしれませんが、

パワースポット巡りやパワーがあるとされるブレスレットを身につけるよりも

ずっとずっと効果てきめんです。

 


ちなみに「心施」のポイントは「心から」というところです。

口先だけの「ありがとう」は、心施とはいいません。

では心からの感謝の言葉を発するにはどうしたらいいのか。

そのために一にも二にも大事なのは、

自分がどんなご恩を受けているのか、

周りの人から何をしてもらっているのか、

よく知ることが大切になってきます。

 


一度、自分は周りの人から何をしてもらっているのか、

紙に書き出してみてもいいでしょう。

 


ある20代の女性は周りの人にこんな思いをもっていました。

========
父は、うざい
母は、うるさい
部長はえらそうだ
カレシは優しい
========

ところがその彼女が「周りの人から何をしてもらっているか」

を具体的に紙に書き出してみたところ、こんな結果でした。

========
父は、4年間、大学の学費を出してくれた
父は、アパートの保証人欄にハンコを押してくれた
母は、いつもお弁当をつくってくれる
母は、昨日、頼んだテレビ番組を録画してくれた
部長は、希望のポストに異動させてくれた
部長は、昨日から、うちの課のバイトを1人増やしてくれた
カレシは1年前から、私に、金を借りている。
カレシは私の誕生日に、私に金を借りている
=========

彼女は書きだしてみたその一枚の紙で、

自分が心から「ありがとう」と言うべき人は誰か、を知りました。

さらにメモに書いたそのわずか数分の時間で、

自分の本当に大事にしなければならない縁は何か、

選んではならない縁は何か、わかったそうです。

本当にありがとうと感謝すべき人が分かると、

自分が選ぶべき縁も自ずとわかってくるのです。

 


また「心施」に心がける人は、自分が良い縁を選べるだけでなく、

良い縁が向こうから近づいてきます。

心から「ありがとう」と言う人は、好かれ、愛され、大事にされます。

ちょうど香りの高い花に、蝶や蜂が集まってくるようなものです。

花の方から蝶や蜂を追いかけなくとも、

香りを放つ花には、蝶や蜂の方から集まってくるように、

良い縁に恵まれるようになるのです。

 

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。



 

プロポーズされて悩む人へのアドバイス

f:id:kikuutan:20171222125325j:plain

 

 

【因縁(3)】

 


29歳の女性の方から、こんなお尋ねがあったことを先回お話ししました。

======
最近、プロポーズされました。
仕事も辞めたかったのと、年齢のこともあり、ホッとうれしい思いもあった反面、
本当にこの人でいいのか、後悔しないかと躊躇する自分がいます。
それから2週間、幸せな気持ちになれず、
「これでいいのかな、でもこれを逃したら‥」と悩む日が続いています。
友達に相談すると、「迷いがあるなら止めた方がいい」と言う人もあれば、
「完璧にぴったりの相手はないし、あの人はいいよ」と言う人もあり、
迷いが深まるばかりです。
よければアドバイスお願いします。
======

このお尋ねに仏教の見地からお話ししようとしています。

今日は2回目です。

 


人間は、付き合う人(縁)によって、幸せにも不幸にもなる存在だと

お釈迦さまは説かれています。

ならば、どんな人と縁を深めればいいのか、

どんな人とは縁を遠ざけるべきなのか、

その選択を誤らないことこそ、幸福の鍵となります。

 


特に結婚は今後の人生を共に進む人生の伴侶とのご縁なので、

みな選ぶにあたって真剣でなかったはずはないのですが、

それでも失敗する人が相当あります。

 


先回ご紹介した500人の既婚女性への雑誌アンケートの結果によれば

=======
「旦那選びを間違えた」53.8%
「生まれ変わったら今の夫と結婚したくない」57.8%
=======

とほぼ半分が後悔しています。

選択ミスをしてはならないと真剣であったはずなのに、

選択ミスをしてしまうのですから、難しいです。

古今東西の人類を悩ませ続けてきた人類挙げての問題の一つといえましょう。

 


中には、夫のDV(家庭内暴力)と浮気で、地獄の生活を送る人もあります。

そんな時、奧さんは

「何で私だけがこんな目にあうの?」

「あいつのために、わたしの人生、めちゃくちゃにされた」

と恨みますが、そんな粗暴な男がどれだけいても、

その男と結婚さえしなければ、

奧さんはこんな目にあうことはなかったのですから、

「何で私だけがこんな目にあうの?」

の答えは、やはり

「あなたがその男を選んだから」

の一言です。

 


世の中にはたくさんの男がいます。(35億♪)

その女性の前にも、何人もの男性が現われたはずです。

その数ある男性の中から、

「私はこの人と一緒になる」

と選んだのは誰か?

もし違った人を選んでいたら、こんなことはおきなかったのです。

選んだ自分に原因があります。

 


「ではDV(家庭内暴力)と浮気で家族を泣かせるこの男は悪くないのか」

という声が聞えてきそうですが、もちろん悪くない筈がありません。

その男は「悪い縁」なのです。

当然その男はしかるべき処罰を受け、更正してもらわなければなりません。

そんな男を放置していたら、今後も被害者が続出しますから、

そうならないよう、社会全体でなんとかしなければならないでしょう。

 


しかしこんな暴力男がどれだけいても、自分が選びさえしなければ、

自分に、今のような不幸な運命はおきなかったのです。

どこかでその男が暴れていたとしても、

結婚さえしていなければ、どこかで暴れているというだけで、

自分には関係なかったはずです。

やはり自分の選択が自分の運命を決めたのです。

 


では、誰と結婚したらいいのか、このプロポーズを受けるべきかどうか、の際、

正しい選択をするにはどうすればいいのでしょう。

それについてお釈迦さまは「良い縁を選べる人になりなさい」と教えられています。

「良い縁を選べる人になれといわれても、そうなれなくて困っているのに」

と私たちは思いますが、

仏教では「 良い縁を選べる人になるために今自分がなすべきことは何か」

を説かれていますので、次回お話しいたします。

 

結婚相手を選ぶのにかなり真剣だったのに、それでも失敗する人とは

f:id:kikuutan:20171220145158j:plain

 


【因縁(2)】

 


29歳の女性の方から、こんなお尋ねがありました。
(匿名のため、一部、変更しています。)

======
最近、プロポーズされました。
仕事も辞めたかったのと、年齢のこともあり、ホッとうれしい思いもあった反面、
本当にこの人でいいのか、後悔しないかと躊躇する自分がいます。
それから2週間、幸せな気持ちになれず、
「これでいいのかな、でもこれを逃したら‥」と悩む日が続いています。
友達に相談すると、「迷いがあるなら止めた方がいい」と言う人もあれば、
「完璧にぴったりの相手はないし、あの人はいいよ」と言う人もあり、
迷いが深まるばかりです。
よければアドバイスお願いします。
======

こういう悩みを抱えている方は多いのでしょう、時々受けるお尋ねです。

ただ私にアドバイスしてくれとといわれても、

結婚相手がどんな人かによって、アドバイスは大きく変わります。

また相談されてるこの方がどんなお気持ちなのか、によっても

アドバイスは変わります。

プロポーズを受けるべきかどうか、今の私の情報量で

この方に「イエス」とも「ノー」とも無責任に答えられません。

 


それでもアドバイスできることがあるとしたら、

友達の意見はよく聞いた方がいいと思います。

この方が相談されている友達は私よりも、

相談者の気持ちと結婚しようとしている彼の言動を知っていて、

アドバイスするのでしょうから、その意見は傾聴に値します。

 


しかしこの方が言われるには、友達の意見も両方あるとのこと、

そうなると迷われるのもわかります。

友達全員「あの人だけは止めとけ!」と言われたのなら決めやすいです。

あるいは「あんないい人いないよ、あなたを幸せにしてくれるよ」と

みんなが勧めてくれる人なら、また決めやすいです。

この方の場合は、友達の意見も「迷いがあるなら止めた方がいい」と言う人と

「完璧にぴったりの相手はないし、あの人はいいよ」と言う人もあるそうなので、

そうなると難しいところです。

 


ここで紹介したいデータがあります。

ショック受ける人もある「閲覧注意」のデータです。

総務省「国勢調査」のデータですが、

=======

30~34歳で結婚した人の割合は31.3%、
35~39歳で結婚した人の割合は10.8%。

=======

35歳を過ぎると結婚した人の割合が、

ガクッと落ちることが分かります。

40代に入ると、結婚した人の割合は、怖すぎて公表できません。

 


こう聞くと、チャンスはそんなにやってこないことがわかります。

ならばここは思い切って結婚した方がいいのかな、とも思いますが、

一方でこんなデータもありました。

500人の既婚女性への雑誌アンケートの結果です。

=======
「旦那選びを間違えた」53.8%
「生まれ変わったら今の夫と結婚したくない」57.8%
=======

このパーセントを多いと思うか、少ないと思うかは人それぞれでしょう。

この旦那を選んでよかった、生まれ変わっても今の夫と結婚したいという人が

半数近くいる、ということですね。

半分は成功、半分は失敗、となると、

その半分には入れるかどうか、悩むのは当然です。

コーヒーにするか、紅茶にするか、という問題ではないですからね。

人生がかかっていますから。

 


さて、私は仏教の講師ですから、、

「お釈迦さまはこのような悩みにどう教えられているか」

をお話しするのが、任務です。

おそらくこの方も、仏教の見解が聞きたいと思われて、私に尋ねられたのでしょうから、

私もこの相談者の方とパソコンの無料通話で1時間弱お話しした内容を

次回からのメルマガで簡潔にお話しできればと思います。

 


A「旦那選びを間違えた」となるか

B「生まれ変わっても今の夫と結婚したい」となるか

(1)AとBの差は何によってその差ができるのか

(2)どうすればBになれるのか、

この二つを次回お話しいたします。

 

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。