親鸞に学ぶ幸福論

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縁を選ぶことの大切さを説く仏教

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【縁(3)】

 

仏教では、万物事象は因と縁が結びついておきる、と説かれています。

【因】に【縁】が加わると、【果】が生じる、

と説かれたのがお釈迦さまです。

お米を例に考えてみましょう。

米はモミ種から作られますから、米の【因】はモミ種です。

しかしいくらモミ種があっても、畳の上にまいていては

何十年待っても、米という結果は得られません。

土や温度、水や空気など、いろいろな条件がそろって初めてお米が取れます。

仏教では、これらのものを【縁】といいます。

すべてのことは、因と縁が和合して、初めて結果が現れる。

これを「因縁果の道理」といいます。

 

結果は因と縁によって生じるのですから、

結果を変えようと思ったら、

因を変えるか、縁を変えるか、しなければなりません。

因を変えれば結果は変わりますし、

縁を変えても結果は変わるのです。

 

先日から2回にわたって縁の大切さを話してきました。

公金横領で逮捕されるのも、借金返済できず身を滅ぼすのも、

その人に起きた不幸な結果であり、

それは己の財欲を自制できなかった本人に【因】があるのは違いないですが、

横領されても気付かないずさんな会計体制、

気軽に借金できてしまう社会も、悪い【縁】になったのだとお話ししました。

 

コシヒカリのモミダネ【因】も、新潟県の魚沼地方で育てると、

「魚沼産コシヒカリ」として全国でも名高い、

高値のつくおいしいお米になりますが、

乾燥した国外へ持っていって育てても、

同じコシヒカリかと思うほど味が落ちてしまいます。

湿度や日照時間、水や土の質など育つ条件【縁】で、

結果は雲泥の差となるのです。

 

ある学習塾の講師が、中学生ほどの学力もない女子高生を、

難関の慶応大学へ合格させ話題を呼びました。

女子高生は「聖徳太子」を「せいとくたこ」と読む状態でしたが、

その講師の指導によって、学力が一気にアップしました。

教師によって、この科目が好きになった、嫌いになった、という読者の方も多いでしょう。

スポーツや芸術も、指導者によって随分変わります。

本人の才能や努力【因】はもちろん大切ですが、

その才能を育てる人【縁】もまた重要なのです。

 

受験勉強でも、教え上手な講師の塾に通ったり、

スポーツでも、コーチが優秀で切磋琢磨するライバルがいる学校を選んだりするのも、

縁の大切さを思うからこそそうするのです。

 

親鸞聖人は

「好んで悪に走る人からは遠ざかり、正しく導いてくれる仏教の先生や法友に親しみ近づきなさい」

とお手紙に書かれています。

縁によって変わってしまう人間の弱い心をよくよく知られての教誡でしょう。

 

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縁によって変わってしまう人間の弱い心をよくよく知られての教誡でしょう。

 

 

気軽な借金ができる恐ろしい環境

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【縁(2)】


明治時代の小説などに、親戚に借金を頼む場面が出てきますが、

あの時代、借金といえば親族や友人に借りることだったとわかります。

これは相当借りる本人にとって恥ずかしく、屈辱的なことなので、

借金自体に心理的ハードルが高かったと思います。

 

当時もう一つお金を手に入れる方法として、

質屋で自分の服や宝飾品を質入れするという手もありました。

しかしこれにしてもその街に一つだけの質屋に、

しかもその質屋が知り合いであったケースも多かったでしょうから、

やはりハードルが高かったことと思います。

「早足で質屋ののれんをくぐる」といわれるのも、

近所の人に見られたくない、恥ずかしいことだからこそでしょう。

 

それが今日はどうか、

借金も「キャッシング」などと言って、

カード一枚で、誰にも見られるのでもなく、簡単に金を引き出すことができます。

スマホやパソコンで、ちょこっと情報を打ち込むだけでもあっさり貸してくれます。

クレジットカードの「分割払い」や「リボ払い」、通販サイトの「ツケ払い」などで、

返済が負担のならないような錯覚をさせ、

銀行も消費者金融も「気軽な利用」を促進しています。

 

借りる方としては、頭を下げる必要もなければ、恥ずかしい思いだってしないでいい。

「ああ、こんなに楽に自分のものになるお金なら、最初から自分のお金だったのと同じだ」

と勘違いする若者が出てきても、仕方がないと思います。

 

しかしそのような「気軽な借金」の結末は悲惨です。

離婚、退職、犯罪、家庭不和、夜逃げ・・・・・・

カードの借金で首が回らなくなり、身を持ち崩す人が毎年どれだけいることか。

 

自制心がなく、使い込んでしまった本人に責任があるのは当然で、

自己責任と言ってしまえばそれまでですが、

金銭管理もできていない若者相手に

いとも簡単に借金させる銀行や消費者金融のあり方が問題です。

 

借金による悲劇を繰り返さないためには、

借金しないよう各人の自制を促すのも大事ですが、

それよりなお問題視しなければならない、なんとかしなければならないのは、

簡単に借金をさせてしまう環境、

借金で苦しまざるを得なくさせる悪縁です。

 

 

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犯罪の縁に気をつけること

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【縁(1)】

 

ある事務職の社員が40万円の公金を机の上に出しっぱなしにしたまま

ちょっとその場を離れてしまい、

その隙に盗難に遭うという事件が起こりました。

防犯カメラの解析で、犯人は事務所に出入りする業者の一人だとわかりました。

泥棒目的で事務所に入ったわけではなかったのですが、

誰もいない部屋に手を伸ばせばそこにある一万円札の束があることに誘惑され、

つい出来心で盗んでしまったとのことでした。

 

この場合、もちろん盗んだ者が罪に服さねばならないのですが、

そんな人の目の触れるところに公金を置きっ放しにした社員も問題です。

 

人間の犯す悪事には、そうなるに至った本人の衝動といってもいい願望、欲望が原因なのは事実ですが、

それだけでは悪事は起きません。

自分の心の中に存在する目に見えない願望が、

何か外から働きかけられた縁に触発され、

その人の言動となって現われてしまうのです。

ちょうどそれは畑にまかれた種が、

夏の太陽や土中の養分に触発され、

芽を出し、実をつけるようなものです。

先程の40万円の窃盗事件なら、

「誰もいない部屋の、人目のつく机の上にむき出しのお金を置き忘れた」

という状況(縁)を作ったのが、問題です。

誰も見ておらず、自分が盗んだとは誰もわからない、と確信できる環境なら、人はやりかねません。

それでも絶対そんなことはしない、とはっきり言い切れる人はどれだけあるでしょうか。

罪を造った人も問題ですが、造らせた人も問題なのです。

 

時々、会計担当の社員が何千万円と着服したとの事件が報道されます。

ちょっと今月ピンチ、給料が出た時点で埋めておけばばれないだろう、

しばし借用という気持ちで着服するのでしょうが、

やがて公金を使い込むのに罪の意識が薄れていき、

出したり入れたりしているうちに公金が第二の財布のように思えてくる、

そしてある時、顧客からの問い合わせや前年度の決算で会計状況に査察が入り発覚、

顔面蒼白になるも時すでに遅し、

というのがたいていのパターンです。

 

こういう事件を見聞きするたびに思うのですが、

そんな大金を着服できても発覚しない会社の体制って何なんだ、とあきれます。

そんな罪を犯させてしまう会社のルーズな構造に問題があるとしかいいようがありません。

「見える化」し、「チェック体制を強化」して、

社員はおろか、社長だって勝手にいじれないような会計システムにすべきでしょう。

それが会社のお金を守ることになり、大事な社員をも守ることになるのです。

 


最近巷を騒がせた吉本芸人の闇営業問題でも、

吉本興業の構造的な問題があったことは否めません。

ギャラの支給も契約書も交わさず、

他事務所への移籍も許さず、仕事を回すでもなく、

それでは困窮する芸人が事務所を通さずに仕事を受けるのも致し方なく、

それらの環境がこのたびの事件の温床であることを

このたびの一連の事件が露呈したと思います。

 

何か一つの事件が起きた時、

犯罪を起こした者にだけ責任を押しつけ、幕引きにしてしまうケースが多いですが、

実はメスを入れなければならないところ、反省すべきところは、

そんな犯罪をさせてしまった環境、

彼をしてそうせざるを得なくさせた何か、にこそあるものです。

 

 

 

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怒りは美容と健康の大敵

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【瞋恚(1)】

 

美容と健康に、怒りの感情はジャンクフードとコーラのランチよりよくないとのこと。

人間の免疫力はリラックスして副交感神経が優位に働くとアップしますが、

普段怒ってばかりいる人は交感神経ばかりが優位になり、

免疫力が落ち、病気にかかりやすくなってしまうそうです。

カッとなったのはほんの数秒でも、その時に過剰に働いた交感神経は元の状態に戻るのに3時間もかかるのだとか。

 

怒りは血液にもよくありません。

イライラした時に体内に発生する活性酸素で血液がドロドロになり、

血栓で血管が詰まりやすい状態になります。

そこへきて激怒して血圧が急上昇すると、

心筋梗塞や心臓の発作の危険率もグンとあがってしまうのです。

 


他にも、不整脈、肝臓や堪能へのダメージ、筋肉痛、下痢、胃炎、皮膚炎の原因になり、

怒りは身体にいいことが1つもないです。

 

また怒りは美容にも相当悪い影響を与えます。

特に肌に悪いようです。

怒りにより活性酸素が大量に発生し、体が酸化し、シミやたるみなど肌の老化を加速させるのです。

もちろん眉間のシワや額のシワの原因にもなります。

シワでも笑いジワは人をほっとさせるシワですが、

怒り、イライラが作るシワは人をいい気持ちにはさせません。

一回怒れば一回分着実に肌のたるみやシワとなっていくことを自覚すべきでしょう。

 

つまり怒りは美容と健康にとって「百害あって一利なし」の大敵だということです。

これはよく言われることなので心得ている人は多いですが、

「わかっているけどやめられない」と悩んでいる人はまた多いでしょう。

「怒りをどう抑えるか」これは人類的な課題です。

この難題にお釈迦様はどう解答されたか、

仏教で説かれる怒りをおだやかにするいくつかの知恵を動画で紹介していますので、

関心お持ちの方はこちらのYouTube動画からどうぞ。

怒りの原因

 

 

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飢餓と疫病と戦争を克服したユートピア

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 【幸福(3)】


創価学会や立正佼成会といった、戦後の復興期に急速に拡大した新興宗教は、

「これを拝んだら(これを唱えたら)ご利益がありますよ」が謳い文句でした。

彼らの言う「ご利益」の中身は、

貧・病・争の苦しみがなくなって、富・健・和になるというもの。

「題目唱えたら貧乏とは縁切りだ」

「板まんだらを拝んだらどんな病気も治る」

と力説し、

「入信したら夫婦仲がよくなった」

「題目の功徳でがんが消えた」

との体験談で引きつけるという類いの団体があちこちにありました。

 

令和の今日、貧・病・争を解決するご利益宗教はあまり流行らないようで、

どこも信者獲得に苦戦している様子です。

それは貧・病・争を解決し、物質的に恵まれても、イコール幸福ではなかったことを

戦後70年間で日本人は体感してしまったからといえましょう。

 

人類が長い歴史の中でずっと苦しんできた脅威は「飢餓」と「疫病」と「戦争」でした。

この3つがなければどんなに幸せだろうとどれだけの人が願ってきたことでしょう。

飢餓と疫病と戦争のない理想の国を「ユートピア」「桃源郷」と呼び、

人類は何十万年昔からずっと憧れてきたのです。

 

その人類の悲願を今日の日本は、ほぼ満たしています。

もちろん今後のことは無常の世ですから何が起きるかわかりませんが、

現段階でいえば今日の日本で「飢餓」「疫病」「戦争」の脅威にさらされている人はほとんどありません。

皆国民健康保険で医療費も安く、清潔な住環境で「疫病」はほとんどなく、

長寿は世界トップクラスです。

GDP世界3位の経済大国で、食料廃棄率は世界一、「飢餓」で死ぬ人はごく限られており、

70年以上平和が続き、「戦争」を知らない人がほとんどです。

 

ところがです。

そんな「飢餓」「疫病」「戦争」のない日本を

「ユートピア」「桃源郷」と讃える人がどこにあるでしょうか。

 

治安も悪く、政情も不安定なペルーやハイチ、フィリピンといった国の自殺者は、年間10万人あたり5人です。

対してスイスやカナダ、ニュージーランドといった比較的豊かで福祉も整った国では、年間10万人あたり10人です。

日本に至っては、10万人中18人です。

 

政治、経済、医学、科学、あらゆる人間の叡智は、

「飢餓」「疫病」「戦争」の脅威を克服し、

「豊か」で「長寿」で「平和」な社会を実現する方向に向けられてきたのに、

毎年自殺する人は一向に減っていない、

そればかりか先頭集団を走る国ほど自殺者が多い現状です。

 

私たちの幸福感は謎めいたガラスの天井にぶち当たっていて、

前例にない成果をどれだけ上げようと増えていきません。

たとえすべての人に無料で食べ物を提供し、あらゆる病気を治し、世界平和を確保したとしても、

そのガラスの天井を破れるとは限りません。

真の幸福を達成するのは楽ではないことが知らされます。

 

 

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人間の幸福感は複雑だ

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【幸福(2)】


先回のメルマガで、アウシュビッツ収容所の労働者が、

一日一回支給される水のようなスープの中に

たまに入る数粒のまめ、一切れのじゃがいもに

大きな喜びを感じ、人生に感謝した、というエピソードを紹介し、

こんな極限状態でも幸福感を抱く人間の心とは何だろうと考えさせられた、と述べたところ、

それを読んだ知人から「こんな実話もある」と聞きました。

 

ある年収300万円のサラリーマンが人生を変えようと思い切って起業したところ

事業が大当たり、わずか2年の間に月収入500万円、年収6000万の成功者になったそうです。

ところがその成功者が最近気を許す友人に

「お金というのは部屋の暖房のようなものだ」

と述懐するのだとか。

 

寒い部屋で暮らす人は、何よりも暖房(お金)に憧れます。

「暖かい部屋に住めたら、どんなに幸せだろう」と。

しかし実際に暖房の効いた暖かい部屋は、

入った最初こそ幸福感に満たされるものの、

そんな感動はたいして長くは続きません。

暖房のありがたみはすぐに薄れてしまい、

暖房のある暮らしが当たり前になり、

「暖房があるだけではつまらない」となります。

お金もそれと一緒だというのです。

「高層ビルに立派なオフィスを構えて東京の景色を見下ろしてみたい。

そう思ってたけど、いざ入居してみると高層ビルからの景色なんてすぐ飽きちゃうんだよね」

成功者のオフィスの窓は西日を避けるために、今はいつもブラインドが下ろされているそうです。

 

コンクリートむき出しの壁のアウシュビッツ収容棟で感じる感謝と幸福もあれば、

高層ビルの高級なオフィスで感じる不平と空しさもある、

人間の心の複雑さを考えさせられます。

 

 

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フランクル『夜と霧』に幸福とは何かを思う

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【幸福(1)】

 


フランクルの「夜と霧」には、人間の幸福とは何か、考えさせられる記述が多々ありますが、

今回はその1つを紹介します。

人間とは現在、自分の置かれている環境と比較して、

幸、不幸を判断するものだと思い知らされるエピソードです。

 

アウシュビッツ強制収容所での一枚の写真が、世界に衝撃を与えました。

蚕棚のような段ベッドにぎゅう詰めになって横たわり、

ガリガリの身体でうつろな眼差しを撮影者に向けている収容者たちの姿を撮った一枚でした。

その写真を見る人みな「なんておぞましい」と顔をしかめましたが、

強制収容所の実体験のあるフランクルにとってその写真は、

「どこがおぞましいんですか」としか言いようのないものでした。

「どこがって、このひどい顔といい、何もかもがですよ」という周りの声に

フランクルは「そうですか」とだけ答え、その場ではそれ以上何も言わなかったそうですが、

フランクルは、その写真に写れた部屋をよく知っていました。

その部屋は収容者の静養棟であり、そこに横たわっていた体験が彼自身にもあり、

その時の心境は「おぞましい」とは正反対の思い出だったのです。

 

フランクルはこう書いています。

「床はむき出しの土、堅い板敷き一枚敷いて七十人の仲間と横たわるその部屋は

病気と認められただけは入れる静養棟だった。

作業現場に向かわなくていい。

ゴロゴロし、うつらうつらしてもいい。

なんと満足していただろう 幸福ですらあった」

「扉が引き開けられ、吹雪が吹き込み、

疲れ切った仲間が雪まみれになってよろよろと部屋の中に倒れ込んできた。

ほんの数分板敷にうずくまりたかったのだが、すぐにドイツ兵に追い出された。

あのとき仲間にどんなに同情したか、

静養中の身であることをどんなにうれしく思ったことか 

また生き延びるためにどんなに大きな意味を持っていたか」

フランクルのその時の気持ちは、

収容所経験のない人には言い聞かせてわかるはずもないことでした。

 

収容所生活での幸福の一コマとしてフランクルはこんなことも書いています。

一日一杯だけ、ほとんど水としか言えないようなスープが支給されるのですが、

たまに配膳係が寸胴のスープ鍋の底の方からすくったことで、 

数粒のまめ、一切れのじゃがいもが器に入ることがあり、

自分に身の上に起きた僥倖に身の震える喜びを感じたというのです。

 

どんな極限状態でも幸福感は存在することが知らされるエピソードに、

人間の幸せとは何だろうと、考えさせられます。

 

 

 

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