【娑婆(2)】
夏目漱石の『草枕』の冒頭はよく知られています。
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山道を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい
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心惹かれる書き出しですね。
これに続く文章がまた味があります。
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住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、絵ができる。
人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三件両隣にちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国に行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくいところをどれほどかくつろげて、束の間の命を束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。
あらゆる芸術の士は人の世をのどかにし、人の心を豊かにするが故に尊い。
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人の世は住みにくく、
何のために生きているのやら、とわからなくなることもある。
せめて少しでも心が楽になりたい、癒やされたい、一時でもこの現実を忘れたいと、
人は歌い、描き、弾き、語ってきたのだし、
それを観て、聴き、読んできたのだと。
そしてそこに芸術の価値があると漱石は語ります。
ある20代の敏腕女性経営者が、
あまり小説を読んだことがないからと
川端康成の『雪国』を手に取って読んでみた感想はこうでした。
「読んでわかったことがあります。小説というのは非常にコスパが悪い、ということです」
これを聞いて「何を言っているんだ、この人は」と思ってしまいました。
コスパという言葉、コストパフォーマンスの略で「対費用効果」のことです。
個人起業家は常に、どうしたら限られた時間や費用で収益を上げるか、
コストパフォーマンスを切実な課題としているので、
コスパに敏感なのは私も同じ立場なのでよくわかります。
それにしてもです、ビジネス書ならいざ知らず、『雪国』のような文学作品を
「コスパがいい」「コスパが悪い」という感想しか持てないというのは、
人間としての大事な視点が欠けているのではないか、と思えてしまいます。
文学とは何のために存在するのか、
人はなぜ歌うのか、
どうしてその一瞬の何かをキャンパスに描こうとするのか、
そうせずにおれない人間の、言葉にできない情に理解のない社会は
寒々といて息苦しいものにしかなりません。
やがてそれは文学作品だけでなく、人と接しても
「この人はコスパのいい人だ」
「あの人はコスパの悪い人だ」
といった視点でしか見ることができなくなるやもしれません。
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