親鸞に学ぶ幸福論

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生涯の伴侶といつ出会い、いつ別れるか【愛別離苦(3)】

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【愛別離苦(3)】


高田馬場で山手線に乗り込んだところ、同じ電車の同じ
車両に乗り合わせた人がそこには乗っています。


目を引くような落ち着いた美人が向かいに座っています。
右斜め前には口や鼻にピアスつけた金髪の青年です。


その他、いろいろな人を乗せて新宿方面に向けて
電車は動きます。


一駅一駅着く度にドアが開き、
何人かが降り、
何人かが乗ってきます。


新宿で美人が降りてしまいました。
ピアスはまだいます。


駅で乗り降りが繰り返され、渋谷あたりになると、
最初に車両に乗っていた人はだいぶいなくなって、
乗客の顔ぶれもずいぶん変わっています。


ついに五反田でピアスが降りました。


そして品川。自分が降りる番です。


自分が降りた後も、今まで乗っていた車両は
たくさんの乗客を乗せてわいわいがやがやと
東京方面に去って行きます。


さて、この電車の旅は、人生の出会いと別れを象徴
しました。


生まれたときにすでに人生の車両に乗っていたのが
お父さんであり、お母さんであり、お祖父ちゃんで
あり、お祖母ちゃんです。


入学式、卒業式、入社や転職、引越しなどのたびに
出会いと別れを繰り返しました。


私でしたら4人の祖父母のうち、もう3人は人生の
電車から降りてしまいました。


「ぜったい嫌だ、行かないで~」と嘆いても、
やっぱり降りるべきところで、
人は次々と降りてゆきます。


ある駅で生涯の伴侶となる人が乗ってきます。


それから数駅行くと、ある駅で自分の子供が乗って
きます。


どこかで自分の両親も降りていきます。
「わしら、もうこの辺で降りなければならないから。
あとはお前たち、しっかりやってくれ」
と、いつまでも一緒にいたい人も、
降りる時がきたら降りていきます。


いつかは【自分自身】が死んでいく時がやってきます。


自分が降りた後も車両の中に子や孫を乗せて
次の駅にと向かっていくのです。


そうなると、どんなに大好きな人でも、
人生という電車の何区間かを共にした、ということであって、
ずーっと一緒に居続けられる人、というのは
一人もいないのです。


ライブドアショックからまもなく8年になるとのことですが、
あの当時、あなたの周りで一緒に過ごしていた人の顔を思い
出してください。


そのとき付き合った人、家族、飲み友達、職場の上司、友人・・・
今もその人があなたの人生の車両に乗っていますか?


今、そばにいて接している人もあと10年もすれば
「あ~、あの頃、あんな人いたな~」
と遠い目をして懐かしむ人になっているかもしれません。


5年、10年、20年と時を経るにつれ、
新陳代謝激しく、自分の周りの人たちも変わっていきます。


サザエさんのように、20年経っても、
家族の団欒も職場の仲間も近所付き合いの人もまったく
変わらないというのはドラマの中だけのことです。


人生は出会いと別れを繰り返す。
これを仏教で『会者定離』といいます。


そしてその別れていく人が大切な人であった場合、
『愛別離苦』という苦しみになります。


何人も避けられない苦しみです。


この悲しみに耐えて生きていくのは何のためなのでしょうか。
このフェイスブックページのテーマです。

 

 

 

 

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