親鸞に学ぶ幸福論

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袖触れ合うも多生の縁【縁(5)】

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【縁(5)】

今、あなたの隣の人。
どうしてその人、そこにきたのだろう。
隣の人は大好きな人ですか。
それとも大嫌いな人?
何であなたの隣はその人なの。
どうしてですか。

 

70億の人がいるのに、なぜその人が自分の隣にいるのでしょう。

 

『袖触れ合うも多生の縁』

 

袖が触れ合うというのは、非常に接近している状態ですね。
東京と大阪では袖は触れ合えませんから。

 

となりに座る人、前に座る人、後ろに座っている人、
どうしてそのような人と人との関係が起きたのでしょうか。

 

「偶然だよ」と聞こえてきそうです。

 

偶然、となりにその人が座ったのでしょうか。

 

仏教では一貫して
『原因がなければ結果は起きない』
と説き明かします。

 

一つの結果には必ずそうなる原因があり、
縁があったから。

 

これは因果の道理といって仏教の根幹です。

 

隣の人と私とは何かの因縁があって、
そういう結果が出ていると説かれます。

 

それは昨日起きたとか、10年前におきたとか、
そんな短い間のことではない、
何千年、何万年、何億年、大変な昔から縁があったのですよ、
と言われているのが『多生の縁』ということです。

 

それにより、隣に今座っている。

 

千年や二千年くらいの縁ではない、
そうなると隣の人が懐かしく感じられませんか。

 

愛し合うのも近いからです。
けんかするのも近いからです。

 

東京と大阪ではけんかもできません。

 

愛し合っている間だけ、近いのではありません。
けんかするのも近くにいるからです。

 

この人は好きな人、この人は嫌いな人、
とわたし達は人を見る目がころころ変わりますが、
ニュースでたまたま見かけたオーストラリア人のジョンさんが
嫌で嫌で、憎くてしょうがない、
ということもないでしょう。

 

「ちくしょう、死んでくれたら!」
と思えてきてしまうのは近くにいる人です。
同じ職場の人とか、一緒に住まいしている家族とか・・

 

そう思えてくる人というのは
自分にとって縁の深い人なのです

 

親鸞聖人は主著である『教行信証』の最後に
「若しこの書を見聞せん者は、
 信順(しんじゅん)を因と為し、
 疑謗(ぎほう)を縁と為し、
 信楽(しんぎょう)を願力に彰し、
 妙果(みょうか)を安養に顕さん」
と書かれています。

 

「この書を読む人には、
 信ずる人もあろう。
 謗る者もいるだろう。
 いずれも、それを因とし縁として、
 弥陀の救いに遇い、
 未来永遠の幸福を獲得してもらいたい」
と筆をおかれています。

 

好きな人、愛している人、嫌いな人、
けんかしている人、叩きあっている人。

 

どちらも縁の深い人、と
手を差し伸べられる聖人のお姿が彷彿としてまいります。

 

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