親鸞に学ぶ幸福論

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葬儀はイオンに。裁かれている仏教界【僧(2)】

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【僧(2)】


「お葬式・葬儀はイオンにおまかせください。
 明瞭で納得のいく価格をご提示します。
 受け付け・ご相談は24時間」

 

この宣伝コピーは、流通大手イオンの
葬儀事業のホームページからのものです。

 

最近寺院が独占してきた葬儀事業に、
イオンが進出し、仏教界に深刻な波紋を広げています。
額が不透明といわれてきた葬儀のお布施に、
安心・明瞭の料金体系を提示し、
都会を中心に人気だそうです。

 

私の親戚の家に、法事で読経してもらいに
僧侶が来た時がありましたが、
玄関先でも愛想のいい挨拶一つせず、
「こんにちは」とボソッと言うと、
さも当然のように家の中に上がりこみ、
御仏壇の前で読経はじめる。
20分くらいで終わると、
そそくさとお布施を受け取って帰っていく。

 

そんな姿を幾たびか目にしましたので、
子供のときから、寺の坊主にいい印象はありませんでした。

 

一般の人なら上司に頭を下げたり、
お得意先に愛想言ったり、
お客さんのクレームに対処したりして、
面倒な人間関係の中でもまれていくのでしょうが、
僧侶は門徒からは丁重に扱われ、
お山の大将となりがちだと思います。

 

そんな僧侶と、顧客第一に徹したプロの業者の接客とでは、
依頼者の満足に差が出て当然でしょう。

 

門徒と寺とをつなぐ最後の砦であった葬式まで
民間企業に奪われつつある、この事態に、
多くの寺院は死活問題と受け止めています。

 

先回のフェイスブックページの記事でも述べましたが、
本来、僧侶とは仏法を説くことに専念する立場なのです。

 

仏教の教えを明らかにするのは難事業だから、
ほかの仕事を片手間にできるはずがないのです。

 

精一杯法を説く僧を敬う気持ちから、
門徒の人が財や米を布施をして、
その財施で生活するのがお釈迦様以来、
変わらぬ僧侶のあるべき姿です。

 

肝心の法を説かず、葬式法事で生計を立ててきた寺院が、
今、大衆の手で裁かれようとしています。

 

これを機に仏教界は、
本来の姿に立ち返らねばならないと思います。

 

 

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