親鸞に学ぶ幸福論

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世界中の人とリアルタイムでコミュニケーションできる時代の寂しさ【独生独死独去独来(2)】

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【独生独死独去独来(2)】

■何の題名かは忘れましたが、
あるヨーロッパの映画にこんなのがありました。
 

ロシアの田舎の村に住んでいる娘は、
パリに留学にいった彼氏と手紙で文通をするのです。
 

その田舎の村には、1週間に1回、水曜日にしか
郵便配達員が来ません。
娘にとって水曜日は、
彼からの手紙が来る、胸躍る特別な日でした。

 
水曜日になると、いじらしくも何時間も前から、
今か今かと娘は、ポストマンを待つのでした。
 

ところが、半年くらいは毎週届いていた彼からの手紙が
3週間たっても、4週間たっても届かなくなりました。
 

実は、彼はパリで他の女性と暮らすようになっていたのです。

 
そんなこととはつゆ知らず、
娘は、何かの手違いがあったのだろうと
毎週毎週丁寧な手紙を送リ続ける・・・

 
そんな映画でした。

 
■水曜日の夜は、手紙の来なかった寂しさで
娘はいつも顔を暗くしていました。

 
しかし、木曜日や金曜日には、
来週の水曜を楽しみに待とうと気持ちを切り替え、
日常生活を明るく過ごすこともできました。

 
■そういえば、20年前くらいに
「ポケベルが鳴らなくて」
という歌もありました。

 
「ポケベルが鳴らなくて、
 恋が待ちぼうけしてる♪」
とアイドルが歌っていました。
 

ポケベルに彼からの返信がなく、
寂しくなってくる心境を
「恋が待ちぼうけしている」
と歌って、共感した人も多かったのです。

 
しかし、まだその時は
「近くに公衆電話ないのかも」
「エリア外にいるのかもな」
と、気持ちを切り替えることもできました。

 
さて現今はケータイメールの時代になり、
公衆電話も要らない、エリア外などほとんどない、
それなのにメールの返信がまだこない、
となったら、どうでしょう。

 
通常がこのロシアの娘の水曜日の夜のような
心境になってしまいます。

 
「さびしい」と送っても、
「どうしたの?」の1通の返信がない
(なんで!?10時間も15時間も過ぎているのに・・・)

 
携帯のメールが誰かから届くたびに、
「彼かな」と思って開くのですが、違う人。

 
朝起きて「届いているかな」と思って
開いてみても届いていない。

 
一週間に一回は寂しい思いをしても
翌週の水曜日に希望をつなげることができた昔のロシアと
四六時中、返信がないのを
寂しく、悲しく、憤りを感じなければならない現代と比較すると、
現代の方が余計孤独感が募るのではないでしょうか。

 
手紙よりはポケベル、ポケベルよりも携帯と
より分かり合いたくて
より寂しくなりたくないと思って
科学は発達してきたはずなのに、
余計孤独が深まっているという、皮肉な結果になっているようです。

 
哲学者の三木清は、
「山の中の孤独より、町の中の孤独の方がもっと深い」
といいました。

 
「一人の孤独よりも、二人の孤独はより深い」
という言葉もあります。

 
山の中で1人の時は、里に出れば寂しくない
という希望もありますが、
町の中で、大切な人に囲まれていても、
わかりあえない寂しさはとてつもなく深い、のです。

 
インターネットもインフラ整備され、
世界がグローバル化して、世界中の人と
リアルタイムでコミュニケーションが取れる時代となり、
それがいっそう、
「独生独死独去独来」
の釈迦の教説を浮き彫りにしてしまった現代。

 
現代人はこの心の孤独を
どう解決しようとしているのでしょうか。
 

 

 

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