親鸞に学ぶ幸福論

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徳川家康の人生は悲劇だった?【流転輪廻(5)】

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「人の一生は、重荷を負うて、
 遠き道を行くがごとし」
徳川家康の遺訓の一節です。

 

あの群雄割拠の戦国の世、
最終の覇者であった家康は、
「オレは人生の勝利者だ」
とわが身の栄光を謳っているかといえば、
そうではありません。

 

「オレの一生は苦しみ悩みの重荷を背負っていくものであった。
 死ぬまでその重荷は下ろせなかった。」
と述懐しているのです。

 

■家康の人生は人質生活から始まってます。

 

愛情薄く育った家庭の不遇を嘆く人は多いですが、
自分の国が裏切れば殺される立場で幼少期を過ごしたのですから
どんなにかさびしく孤独で不安な身であったことでしょう。

 

「一国一城の主になればこの重荷を下ろせる」
と人一倍の努力と才覚で、ついには三河一国の城主になります。

 

ところが重荷は下ろせなかった・・
隣国には織田家、武田家などの大国に囲まれ、
気の休まるときはない。

 

事実、信長の圧力で実の息子を自害させられています。
どんなにか苦しく、悔しかったことでしょう。

 

「押しも押されぬ大国になれば重荷下ろせるんだ」
と更なる努力を重ね、
織田や武田が失脚する中、着々と領土を広げ
大国を治める身になりますが、
天下を取った豊臣秀吉に領地換えをさせられ、
ここでもまた、忍従を強いられます。

 

重荷は続きます。

 

この重荷、下ろしたいと家康は天下を目指し、
ついに征夷大将軍となり、
徳川三百年の礎を築きます

 

ところが天下を取ってなお、
島津や伊達の江戸侵攻を恐れ、
神経をすりへらす日々が続きます。
少しも重荷が下ろせない。

 

「人の一生は、
 重荷を負うて、
 遠き道を行くがごとし」

 

家康の人生の目的は
天下統一でもなければ、
幕府を開くことでもなかった。

 

物心つくときから晩年まで、
唯一つ家康が望んだことは
「重荷を下ろしたい」
これ一つだったのです。

 

それを果たせなかった家康は
やはりゴールなき円周を走り続ける
流転輪廻の悲劇人であったといえましょう。

 

 

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