親鸞に学ぶ幸福論

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ケンカ両成敗というように10対0はない。それは何故か、仏教の見解【娑婆(3)】

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ケンカ両成敗という言葉は昔からありますが、

その通りでケンカは一方的にどちらかの方が悪いということはないのです。

 

これは一方的にAが悪いだろう、と思えることでも

10対0ということはなく、

やはり9対1とか8対2とか、

Bにも1や2くらい何か問題があったといえます。

 

たとえば、自分の妻が浮気した、

そして家庭がぐちゃぐちゃになった、

としましょう。

 

こうなったのは一方的に浮気した妻のせいだ、と

夫から見るとそうとしか思えませんが、

奥さんの主張は

「私も悪かったけど、私がこうなったのはあなたの言動のせいだ。」

とうのがあるのです。

 

そういう主人の言動がなければ、

奥さんもそういうことをしなかった、

という点からすると主人にも非があることになります。

 

だから10対0のように咎められると、ケンカに発展します。

そこまで言わなくていいじゃないか、

こんな目にあったのはあなたのせいでもあるんだから、

と引けない気持ちが出てきます。

いわゆる逆切れです。

 

そうなると夫は

「お前、反省する気持ちあるのか!」とヒートアップして、

もう収拾不可能の領域に突入していきます。

 

人間は煩悩の固まりです。

自分は悪くない、と慢心でいっぱいです。

 

だから9対1で、こちらが9悪くて相手が1悪いという場合でも、

その1の相手の非を9のように思いこんでしまうのです。

 

お互い慢心の塊ですから、

仲良くするのは難しくなってきます。

 

お釈迦様は私たち大衆を『煩悩林』と言い、

その私たちの住まいしているこの世界を

『娑婆(しゃば)』と言われました。

 

『煩悩林』とは煩悩の林、煩悩の密林、ジャングルということです。

欲や怒りや慢心がうじゃうじゃしている密林だ、と言われています。

 

『娑婆』とは堪忍土、堪え忍んでいかねばならない世界、という意味です。

欲いっぱい、思い通りにならないと腹を立てる、

もう自分が悪いとは思えない、

そんな煩悩の固まりがひしめき合っている密林だから、

すぐぶつかってしまう、

おのずと堪え忍ばなければやっていけない世界となるのです。

 

 

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