親鸞に学ぶ幸福論

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井上陽水「人生が二度あれば」に諸行無常を想う

 

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私が子供だったとき、印象的だった歌に

井上陽水の「人生が二度あれば」と

いうのがありました。

 

井上陽水が顔をゆがめながら

ひたすら「人生が二度あれば」と

リフレインするのです。

子供心にも「何か重い歌詞だなあ」と感じたものですが、

室町時代の禅僧、一休にもこんな歌があります。

 

「世の中の

   娘が嫁と

    花さいて

  かかあとしぼんで

    婆と散りゆく」

 

女性は娘から嫁、嫁からかかあ、かかあからお婆さんへと

どんどん進んでいます。

人生は旅なのです。

一箇所にとどまっておれません。

 

いつまでも娘時代がいいと、どれだけ願っても

否応なしに娘から嫁、嫁からかかあ、と 進むのです。

 

しかも一方通行の旅路です。

しまった、こんな人と結婚するんじゃなかった、と嘆いても

独身時代のあのころに戻ることはできません。

子育て失敗して不良になった。

こんなはずじゃなかった、今度はちゃんとやるからお前、

赤ちゃんのころに戻ってくれ。

といったって、無理な話です。

 

ゲームならリセットボタンでやり直しもききますが、

人生にリセットボタンはありません。

ゲームの場合はうまくいかなくて、

このままではジリ貧でつまらないなと思えば、

究極のずるで、リセットボタン押して

再スタートできます。

 

しかし人生にはリセットボタンはない。

駄目になったら、駄目になったなりに

そこを何とか軌道修正を試みながら、進むしかないのです。

「失敗したからもう一回あの時からやり直しね」

は通用しない。

ゲームと人生の違いは実にここにありましょう。

 

どんなに悔やんでももう二度と戻れない。

今日という日は二度と戻ってこない。

だからこそ人は進む際、 特に岐路に立たされる時は

どちらを選ぶか、真剣に吟味しなければなりませんし、

どこに向かって進むか、考え抜かねばなりません。

人生は進むべきところを間違えたからといって、

ひきかえすことはできないのですから。

 

取り返しのつかない一日一日を通り過ぎ、

ついにはどこかで散っていく。

死ぬときになって、

「お願いだから、もう一日時間をください」と

懇願しても、これもかなわないのです。

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