親鸞に学ぶ幸福論

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「お金がない」という落とし穴にハマるな

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私が小学生の時、

近所の友人の部屋で遊んでいた時、

居間で大人の怒鳴り声、

おばさんの金切り声、

ひきつづき、何か物が壊れる音が聞こえてくるのです。

 

それまで赤の他人で、

しかも大人が感情をあらわにして、

怒鳴りあう場面というのを

私は見たことがなかったので

驚きましたし、

今もよく覚えています。

 

どうもそれは遺産相続をめぐる

兄弟夫婦の話し合いだったようなのです。

 

「泣きながら良いほうを取る形見分け」

と江戸の川柳にも歌われています。

 

葬式の場の最中から、

心中は今後の遺産配分について算段している、

この世の中の実態は

昔から変わらないようです。

 

中には死なぬ前から、

腹の探り合いが始まっているところもある。

 

当時の私はそんな大人たちを浅ましく、

醜く感じましたので、

自分は大人になっても

そんなことで無様な醜態はさらすまいと思いましたし、

その思いは今も変わっていません。

 

しかしこれは自分がまだ独身で

責任のない立場だから

こんなことも言えるんだろうな

とも思います。

 

子供もいて、

大きくもなれば教育費も年々高くつく。

もしこれだけの金額があれば、

子供を私立大学にでも行かせてやることもできる、

あの憂鬱なローンも早く返済できる、

とあれこれ考えていると、

ここで頑張らなければ、なんとしても、

と躍起になっていくのでしょう。

 

 

「あいつがいなければ」

「こいつさえいなければ」

と遺産相続で、兄弟親戚同士、

骨肉相食む争いがおきるのは

この財欲が引き起こす惨劇です。

 

10年くらい前でしたか、

縄文時代の生活をするとかで、

山にこもって獣や魚を狩って、

野菜を作って生活するという人がありましたが、

それでも時々近くの商店に

日用品を買いに来ると

村の人が言っているニュースを見ました

 

今日の社会で【お金】を無視して

生きられることはありえないでしょう。

 

昨日の感想にも

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人生はお金がすべてではないですが、

ないと困るのも争いになるのもお金ですよねぇ

そのために仕事もする

 

金は血液と一緒

 

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とありましたが、

お金は生きていく時にはどうしても要るもの、

そして生半可な気持ちでは手に入らないもの。

これは自活すれば誰も知らされることでしょう。

 

金がすべてではないと言いながらも

金のことで頭を悩ませ、

気力、体力の全てを注ぎ込んで、

なお足りぬと悩んでいるのが人類の実態です。

 

この問題を仏教の視点から

さらに向き合っていきたいと思います。

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