親鸞に学ぶ幸福論

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「どうぞ!」と親切な人は、実は自己と戦っている【布施(2)】

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『財施』とは、

困っている人に

お金や物を施す布施行です。

 

震災時には

財施の行をされた方も多いと思います。

 

「財施は財のある人しかできないではないか。」と

批判する人に

お釈迦様は、

財や物を持たない人でも財施はできますよ、と

『無財の七施』を説かれています。

 

その七つの布施の一つに

『牀座施』(しょうざせ)があります。

 

場所や席をゆずり合う親切のことです。

 

ACのコマーシャルで

妊娠した女性に電車で席を譲るシーンが

すっかり有名になりましたが、

ああいうのが牀座施です。

 

これは心がけ一つで

誰でもできますよね。

 

立ちたくないというのが根本ですが、

それ以外にも

目立って恥ずかしいとか、

断られたらみっともないとか、

いろいろな心は出てきましょうが、

それはこちらの都合。

 

相手の立場に立って、

喜んでもらうよう、

つとめる布施の行です。

 

特に仏教では

『乏しき時与えるは

 富みて与えるに勝る』

といわれます。

 

疲れているとき、電車で眠りたいとき、

ずっと座っていたいという時に

席を譲るのは

すばらしい布施の行になります。

 

布施を実行しようとしたら、

誰でもわかることですが、

欲との戦いになります。

 

欲と戦わなければ

人に親切はできません。

 

少しでも自分の物にしたい、

ちょっとでも楽したい、と

いう心いっぱいなのが私たちですから、

布施は常に葛藤が伴います。

 

欲のかたまりである自分が

欲から離れよ、とするのですから、

親切は「親を切るような辛い思いがする」と言われるのも

うなづけます。

 

善に向かおうとすると

煩悩との格闘になってくるのです。

 

 

 

 

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