親鸞に学ぶ幸福論

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アシダ仙人の涙に見る「仏法聞き難し」

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【釈迦御一代記(2)】

 

昨日からお釈迦様の御一代記について話しをしています。

生まれられた太子は

『シッダルタ太子』と名けられました。

 

浄飯王のとっては待望の子供、

しかも跡継ぎである太子に恵まれ、

その喜びはとてつもないものでした。

早速、当時のインドでも有名な聖者、

アシダ仙人を城に呼び寄せ、

生後間もない太子を占わせることにしました。

アシダ仙人が太子の顔を見るや、

ひざをついて涙をハラハラと流したのでした。

 

驚いた浄飯王が

「不吉な!太子の顔を見て泣くとどういうわけだ!!」

と激怒すると、

「いえ、王様。

 私は太子の身の上を嘆いて涙したのではありません

 自分の不幸を嘆いて泣いたのです」

とアシダ仙人。

「この御子は大変な方です。

 もし王位を継承されれば

 転輪王(インドでは世界を治めうる優れた王のことをいう)となられましょう。

 出家されれば、無上のさとりを開かれる仏陀となられるおかたであります。

 私には転輪王よりも仏陀となられるように感ぜられます。

 ところが、私は余命いくばくもない老人、

 さとりを開かれて尊い教えを説かれるのを

 聞かずに逝かねばなりません。

 なんと残念なことかと、

 思わず落涙いたしました」

と仙人は声を震わせて嘆いた、と伝えられています。

 
お釈迦様は仏教を聞けない八つの碍りを

『八難』と教えられていますが

その一つ、『仏前仏後の難』を思い出します。

仏の在世に遇えない難のことです。

仏の悟りを開かれ、

仏教を説かれる方がこの世に現れる前に生を受け、

一生を終えた人は仏教は聞けませんし、

仏の教えが正しく説かれなくなってしまったような時代に生を受ける人も

どんなに生きる意味を真摯に求めても

その乾いた心を潤す仏教という教えがあることを知りません。

 

私は尊敬する師に巡り遇い、

正しく仏教の教えを聞かせていただけた身の幸を

心より感謝せずにおれませんが、

そういう方のおられる時代に生を受けることができず、

仏教に何かあると気づきながらも、

釈迦の真意がわからず、

迷い苦しんだ人が過去どれだけあったことだろうと思うのです

そしてこれから先も

どれだけの人が遇えなくて

苦しむことだろうと嘆息するのです。

いえ、世は無常。

私とていつまで聞かせていただけるかわかりません。

アシダ仙人の涙は決して他人事ではありません。。

 

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