親鸞に学ぶ幸福論

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出家に至るまでのシッダルタ太子の煩悶

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【釈迦御一代記(3)】

浄飯王の、シッダルタ太子への期待は

並々ならぬものがありました。

太子七歳の時、

インド一番の学者であるバッダラニーを学問の師に、

インド一の武芸の達人であるセンダイダイバーを武芸の師に迎え、

英才教育をほどこしたのです。

 

ところがしばらくすると

二人の師匠が浄飯王に罷免を願い出ました。

太子の利発さに圧倒され、

自信を喪失したと伝えられています。

いかに聡明無類であったかが、察せられます。

 

何の不自由もなく成長されたシッダルタ太子でしたが

成長されるにつれ、

何か深刻に物思いにふけられるようになりました。

 

子供が心配な姿を見ると、

親は気が気ではありません。

何とか太子の悩みを亡くそうと

19歳の時、インド一の美女といわれた、

ヤショダラ姫と結婚させられました。

 

浄飯王は、

「太子も年頃になったのだろう。

 そういえば、

 私はあの時分はそうだった。」

自分に重ね合わせてそう考えたのでしょう。

しかし、太子の暗い表情は一向に変わりませんでした。

いろいろ悩みのたねを尋ねられますが

太子は一向に語ろうとはされませんでした。

 

子どもが憂鬱そうに帰ってきた時に、

いじめがあるのではなかろうか、と心配になりますが、

太子に限っていえば、

そんないじめにあうことはありません。

お腹でも痛いのではなかろうか、とも思うのですが、

太子は健康そのものでありました。

お金がなくてほしいものが買えないのだろうか?

王様の子供ですから、

国中のほしいものは全部手に入る立場でした。

健康で、お金があって、周りの人たちからも大事にされて

人もうらやむ立場でありました。

何を悩んでいるのか。

浄飯王には不可解です。

 

そこで

「ひょっとしたら女性1人では足りないのではないか」

と、太子のために【四季の御殿】を造りました。

春夏秋冬4つの御殿を作らせて、

そこに500人の美女をはべらせて、

太子の悩みをなくそうとされました。

 

浄飯王は、

「そういえば、わしも若いころは悩んだものじゃった。

 きっと1人では足りないのだろう。

 500人もの美女に囲まれたら、

 さすがに太子も満足するだろう。」

と自分に重ねて考えたのでした。

しかし、太子の憂鬱は変わりませんでした。

 

『カニは自分の甲羅以上の穴は掘れない』

ということわざがありますが、

自分が悩んでる以上のことを他人が考えていても

自分にはわかりません。

 

この仏教ブログを読んでくださっている方の中にも

「なぜ苦しくても生きねばならないのか。」

「なぜ生まれてきたのか。」

「本当の幸せとは何なんだろう。」

という、本質的な疑問に煩悶された方もあったと思います。

しかし、こんなことは

親に言ってもわかってくれない、

心配かけるだけだ、

教師に言っても問題にさえしてくれない。

それより勉強しろ、といわれる

テレビも本も、この解答には黙して語らず、

不問に付す、といった様子だ、

無人の昿野に一人いるような心で、

一人で抱え込んでこられた方も多かったのではないでしょうか。

 

シッダルタ太子は誰にも本心は語らず、

浄飯王から

「何が不足なんだ?」と尋ねられるたびに

首を横に振られるのでした。

 

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