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親鸞に学ぶ幸福論

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小野小町の憂い苦悩は一通りではなかった

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【老苦(4)】

 

【花の色は 移りにけりな いたづらに

 我が身よにふる ながめせし間に】

                        (小野小町)

 

六歌仙に選ばれ、百人一首にも登場する

平安時代の女流歌人、小野小町は、

絶世の美女であったことで知られます。

クレオパトラ、楊貴妃と並んで、

世界三大美女の一人に数えられたりもします。

 

小野小町の百人一首の絵は、

百人の中でも特異なのは、

顔が描かれていないということです、

あまりに美しすぎて、

とても絵では表せないと

絵師が思ったから、とか。

 

さて、そんな小野小町が

読んだ歌と聞くと、この歌

【花の色は 移りにけりな   いたづらに

 我が身よにふる ながめせし間に】

 

桜の花に託して詠んでいるのは、

【自身の容貌】であったことがわかります。

自分を「花」になぞらえ、

どんなに美貌に恵まれ、

楽しい時があったにしても、

いつまでもそのままでいられるわけもなく、

花のようにうつりゆく。

 

▼「よにふる」は

「世に経る」と

「夜に降る」の掛詞でした。

 

▼「ながめせしまに」も

「眺めせしまに」

「長雨せしまに」の二つの意味。

 

▼桜の花も、夜、長雨が降ってくると、

あっという間に色あせて、

散っていってしまう。

 

同じようにこの私も、

美しくいられたのは、ほんの一時だった。

世のうつろいを眺めている間に、

あっという間に月日が経ってしまった……。

美しい人が月日と共に老いによって

容貌が衰えていくのは、ひときわ辛いようです。

 

男なら少々、しわができようが、

白髪が目立とうが、

あまり凹むこともありません。

私も一昨年にはなかった、目の横のしみが

最近目立つようになってしまいました。

「ショック~」と口にしていますが、

「まっ、いいや」とじつは周りに言うほどは、

気にしてません。

 

もともと、自身の容姿に自負できるほどのものがないから、

崩れていくショックも小さいのです。

 

『愛別離苦』とは

愛するものと別れる苦しみのことですが、

【愛する気持ちが大きければ大きいほど、

別離の苦しみも大きい】

信じている、支えにしているものが

深ければ深いほど、

失う痛嘆はますます広がり、

深さを増す、と説かれています。

 

ならば小野小町の憂い苦悩が

一通りではなかったのもうなづけます。

 

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