親鸞に学ぶ幸福論

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何で私ばかりがこんな目に、という疑問に答えられた釈迦

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【縁(4)】

 

私の友人のNくんが18年ぶりに

高校の同窓会に出た時のことです。

当時クラスの級長をしていた、

真面目でしっかり者の女性と

席が隣になったそうです。

その女性、現在は夫のDV(家庭内暴力)と浮気で、

「地獄のような生活を送っている」とのことでした。

殴られてあごを骨折したこともある、とか

 

高校時代は、勉強や恋愛など

お互い意識して競い合った同級生が、

久しぶりに出会った同窓会で再会してみれば、

みんな、まあまあ普通の結婚生活を

送っていることを知れば、

よけいみじめに感じたのでしょう、

「何で私だけがこんな目にあうの?」

と目に涙をためて言っていたそうです。

 

無理もないことだと思います。

彼女のことをよく知っているNくんも、

「何でこんな良い人が、そんな目に会わなければならないのか。」

とやるせない気持ちになったと言っていました。

 

■以前からの日記でも書いていますように

仏教では、我が身におきる一切の運命は、

すべて自分のまいた種による、

【自業自得】であると説きますが、

「こんな女性の場合でも、ですか?」

と問い質したくなります。

 

しかしお釈迦様は、

【自業自得】【自因自果】

これには、一切の例外はない

と言われます。

「この暴力夫のために私は苦しんでいるんだ、

あいつのせいだ。あいつがいるために、

わたしの人生、めちゃくちゃになった」

と恨んでいるのですが、

考えてみると、そんな暴力夫がいても、

結婚さえしなければ、この女性は

こんな目にあわなかったでしょう。

 

「何で私だけがこんな目にあうの?」

の答えは、やはり

「あなただけがその男を選んだから。」

でしょう。

 

世の中にはたくさんの男がいる。

その女性の前にも、

何人もの男性が現われたはずですが、

その数ある男性の中から、

「私はこの人しか見えない、この人と一緒になりたい」

と選んだのは誰か?

 

いつしか心がかたむいていって、

好きになっていった、のは誰の心か?

 

もし違った人を選んでいたら、

こんなことはおきなかったのです。

 

こんな暴力男がどれだけいて、

どこかで暴れていたとしても、

自分が結婚さえしなければ、

自分に、今のような不幸な運命はおきなかったのです。

 

どうにもならない深い業で、

そんな男を好きになってしまった、

その女性の行為が【因】なのです。

 

ではこの男は悪くないのか、といえば、

結婚相手を不幸にした、悪い【縁】だったのです。

こんなタイプの男はいますし、

また増えているとも聞きますので

法律でも社会でも問題にして、反省を促し、

更正してもらわねばならないのは当然のことです。

それでも周りには、

これら悪い縁は少なくありません。

そんな悪い【縁】にぐいぐいと近づけてしまう、

悪い業【因】を自分が持っていた場合、

その因縁和合して、

不幸な運命【果】がおきてくるのです。

 

この内容は明日に続けます。

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