親鸞に学ぶ幸福論

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秀吉が見落としていた人生の盲点とは

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【順境と逆境(3)】

 

■釈尊が35才、仏の悟りをひらかれた、

さとりの第一声は

「人生、苦なり」でした。

 

仏教をペシミズム(厭世的)で暗いからいやだ、

という人があります。

「人生は苦なり、といわれるけど、

 見方が一方的ではないですか。

 苦しいことばかり強調しすぎていませんか。

 失恋もありますが、

 得恋だってあるじゃないですか。

 確かにリストラもあるけれど、

 就職内定もらって喜ぶ時も人生にはあるではないですか。

 人生を悲観的にばかり見ていませんか。」

こんな意見はあるでしょう。

 

■それはその通り決して逆境ばかりではありません。

人生には順境と逆境がある

と仏教では説かれています。

ことさらに自己の不遇を嘆き、

逆境続きの人生を呪うのは暗い考えですね。

 

戦国の世で天下人まで駆け上がった秀吉は稀代の英雄ですが、

その一生を振り返ると、

無理難題は死ぬまで彼に襲い掛かってきました。

気難しく烈しい信長という主君につかえ、

同僚からはねたまれ、

天下を取った後もプライドの高い諸将の人心掌握に気遣い続けています。

 

ところがそれらの逆境の悉くを秀吉は

天性の明るさと積極性と豪胆さで乗り切っていきます。

普通の人なら神経症か胃潰瘍にでもかかってしまうのではと思いますが、

彼は逆境を前にして暗く沈む人ではなかったようです。

 

これは成功者の特徴の一つといえるかもしれませんが、

秀吉は逆境に嘆くより、やがてくる順境に期待し、

それを引き寄せていける自分の才を信じることができる人であり、

そして圧倒的に行動できる人でした。

 

これは大事な心がけなので、

「夜明け前がいちばん暗い」

「冬来たらば春遠からじ

 今が冬ということは、春はもうじきだよ。」

失意の人にはそのように励ましていきたいところです。

 

■しかしその秀吉の臨終、辞世の句は

「露とおち

 露と消えにし

  我が身かな 

 難波のことも

   夢のまた夢」

天下を取れば満足できると

命けずる思いで手に入れたのに

一向に「人間に生まれてよかった」という満足がない。

どれだけ金があっても

周りの人をあごで動かすような立場になっても、

刹那的な喜びでしかない。

心からの安心も満足もできないことに

彼自身が驚いたのではないでしょうか。

 

老いと病と死という最大の苦難が迫っていることを

ひしひしと自分の身に感じながら、

今度ばかりはどう乗り越えることもできず、

「死んだら一人ぼっちでどこへ行くんだろうか。」

恐れおののく一個の老人だったのか。。

この歌からは天下人の満足は感じられません。

 

■順境に笑い、逆境に嘆く

その繰り返しを続ける人生

うれしい出会いとさびしい別れを繰り返す人生

もうかったり、損したりを繰り返す人生

さあ、そのような順境と逆境を繰り返して

人間はどこに向かっているのでしょうか。

 

確実に老いていく、病になっていく、

そして死に向かっている

考えてみれば、今順境、逆境と

騒いでいることがどれほどの意味があるのでしょう。

順境だと喜んでいたことが、

あとになって「あんなこと思い出したくもない。」

と変貌することもある。

逆境だと苦しんだことが、

あとになって「あの時がなければ今の自分はなかった」

と感謝できることもある。

 

私たちが今順境だ、逆境だ、と騒いでいてもあてにならぬ。

そらごとだ。

もう間違いない、万人の厳粛な事実は、

【人生とは確実に老いと病と死に向かっての行進である】

ということです。

釈尊が「人生苦なり」といわれたのは、

この【人間存在そのものの苦しみ】を指摘されたのです。

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