親鸞に学ぶ幸福論

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無常を観ずるは菩提心の一なりと説く仏教

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私が小学校4年生まで住んでいた家の前は

打ちっぱなしのゴルフ場があります。

その当時は、そこはゴルフ場ではなく、

クリの木林の公園でした。

そのクリの木林では、

夏休みに幼なじみと鬼ごっこや、

いろいろなゲームをして

遊びまわったものです。

 

嬉しかった思い出

くやしくて涙流したこと

どうしてもいえない秘密を告白したこと

私にとって、いろいろな思い出が

そのクリの木林にはありました。

今は、全部ゴルフ場になってしまいました。

 

大学生になって、幼ななじみと久しぶりに

昔の家の前を散歩しました。

歩きながら、ゴルフ場をボーっと眺めている時に、ふと

「本当にここって、クリの木林ってあったのかな?」

と不安になるような気分になりました。

もしそんな時に隣を歩いていた幼ななじみが、

「何言ってるの、二人が幼稚園のときから

 ここはゴルフ場だったでしょ。」

と言ってきたら、

「何かそうだったのかもしれない」

と思うような、あいまいな、

ぼんやりとした過去の出来事・・・

ちょうどクリの木林が

朝起きる前に見た夢の中の物語であったかのような

感覚にとらわれたものです。

 

このクリの木林の感覚と同じだなと思ったのが、

アメリカから帰国してまもなくのとき

もう9年前ですが、

大学のときによく遊んだ友人が

脳の病気で亡くなったという訃報を聞いて、

びっくりした時です。

 

学生時代はよく二人で

高田馬場まで歩いて帰ったりした仲でしたが、

卒業してからは疎遠になって

やがて年賀状も交わさなくなり、

顔ももう十年以上も見ていませんでした。

 

ところが彼の訃報は、

やれ引っ越しだ、

財テクだ、と

算段、計算を繰り返していた自分に

冷水をぶっ掛けてきました。

考えさせられました。

その時に頭をぐるぐると駆け巡ったのは

この「クリの木林の不安」だったように思います。

 

というのは、

その彼といろんなこと話したのが、

「本当にあんなことあったのかな」

と、そんな気さえするのです。

「確かにあんなこと二人でやったよな」

と私が言っても

「そうそう、なつかしいな」と言ってくれる人は

もうこの世にいないのですから。

 

今まで生きてきた45年も、

今朝見た夢の内容も、

現在の頭の中で混沌としている。

「今までの人生も実体のないものなのか。。。」

 

『無常を観ずるは菩提心の一なり』

このはかなさが

「本当の幸せ」を説かれた仏教を聞きたいという

聞法心の第一歩です。

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