読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

親鸞に学ぶ幸福論

「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのか」はっきり示した、メールdeで学ぶ仏教教室です。無料メール講座が好評です。受講者4000人。

瞬きほどの人生、何をなすためにあるのか

f:id:kikuutan:20160316223025j:plain

 

米寿のお祝いといいますが、
米寿は88歳ですね。

八十八から、「米」となったそうです。

 

ちなみに、喜寿といえば、77歳。
白寿といいえば、99歳。
百に一引くと白、というところからだそうです

 

米寿とは、「88歳まで長生きできて、めでたいね」
ということで「寿」という字を使います。

 

でも考えてみると、なぜ長生き自体が
そんなにめでたいといえるのでしょう。

 

80、90まで生きて死んだ場合は、
「そこまで長生きできたんだから、よかったじゃないの。」
「大往生よ。」
とまるでその人の人生すべてが
肯定されたかのような評価を受けたりします。

 

逆に40代や50代で夭逝する人があると、
「まだまだ人生これからだったのに」
「なんでこんなことになっちゃうの」
とみな泣きじゃくる。

まるでその人の人生がすべて失敗だったかのような、
悲劇の主人公の如くな扱いを受けます。

これはいかがなものか?

 

果たしてそんなに長生きすることが
尊くめでたいことなんでしょうか。

 

満天の星空は、何万光年のかなたから、
われわれの目に光を届けている。

あれらの星ぼしは、みな恒星(太陽)で、
何万光年の距離をへて、この自分の角膜に光を届ける。

一秒で地球を七週半回るという、光の速さで何万年です

なんて途方もない時の流れでしょう。。
悠遠な空間でしょう。。。

 

そんな大宇宙の歴史に比べたら、
70~80年の人間の命なぞ、
できてはすぐ消えるシャボン玉のようなものです。

 

夏、かまびすしく鳴くセミも、
孵化してから、7日前後で死んで行きます。

80年生きる人間から見ると、
セミの一生は、実にはかないものですよね。

セミの一匹が、
「あーあ、退屈だなあ。ひまつぶし、どうしよう」と、
ぼうっと過ごしているのを見ると、
「お前7日間しか生きれないのだから、
 もっと大切に生きろよ」
と文句のひとつも言いたくなります。

 

7日間で死んで行くセミが、
すごく健康に気を使い、9日まで生きた。   

そういうセミを人間は
「まあ、なんてめでたいセミ」
と祝福するでしょうか。

あるいは、5日間で、不慮の事故で死んでいったセミを、
「なんてかわいそうなセミ、これからだったのに」
と悲嘆にくれる人間があるでしょうか。

 

大宇宙の悠遠さを前に、
人の命とて、50で死のうが、80で死のうが
何の違いがあろう。

【この瞬きほどの人生、何をなすためにあるのか】

星空は語りかけてきます。

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。