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親鸞に学ぶ幸福論

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出息入息不待命終を知らない人

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先日、新宿でコインロッカー難民になってしまいました。

サミットで新宿駅は警察が巡回する厳戒態勢で、

コインロッカーは封鎖です。

都営大江戸線だけロッカーが使えると警察から聞き、

なんとか事なきを得たのですが、

世の中、なかなか計算通りにいかないものです。

 

【今日の仏語】は『出息入息不待命終』の2回目です。


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逃げ出した万引き犯人を捕らえようとして

逆に胸を刺されて殺された32歳の店長がいました。

店長のお父さんが駆けつけた時はすでに死亡していました。

「息子の顔は“えっ、おれ、こんなところで死んじゃうの”と

いう顔をしていました」

とのお父さんのコメントが心に残っています。

 

まさか30代の若さで死を迎えるとは、

殺された本人はまったく思っていなかったでしょうから、

死を眼前に突きつけられ、さぞ驚いたことでしょう。

 

私たちも同じです。

まだまだ生きておれる、とかんかんに信じ込んで、

来月はあれして、来年はああなって、

10年後にはここまでいくぞと計算しています。

人より自分は先見性があると自惚れています。

 

ところがそんな私達にお釈迦様は

想定外の死が突然襲ってくることを

「出息入息不待命終」

(しゅっそくにゅうそく ふたいみょうじゅう)

吸った息が吐き出せなければ、

吐いた息が吸えなければ、

その時が、死ぬ時ですよ、と教えられたのです。

 

先を見て行動し、広い視野を持ち、

あらゆる危機も想定内として対策を立てている人も

すっかり抜け落ちている盲点が

「死ぬ」という未来です。

吸う息が吐けなくなる、吐く息が吸えなくなる時が来るなんて、

まったくの想定外であり、人類の盲点なのです。

 

こうして人に話している私も

やはり自分が死ぬ時には

「出息入息 不待命終」

のお言葉が脳裏をよぎるように予感します。

そしてはじめて、

この仏説が大げさな脅しではなく、

冷厳な真実であったこと

人生最大の盲点であったことを

肺腑にしみて知ることでしょう。


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