親鸞に学ぶ幸福論

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心は馬の如し、猿の如し

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前回より『三業』の中で『意業』を最も重視するのが

仏教だとお話ししております。

今回お話ししたいのは、三業の中で、

最も激しくタネをまいているのも『意業』である、ということです。

 


『身業』こそ、駅行ったり、会社行ったり、

立ったり、しゃがんだり、駆けたりなんだりと

一日中激しいのでないか、と思われがちですが、

『意業』はもっと激しく動いています。

 

机に向かって仕事していれば身体はほとんど動かさないですが、

心の中はめまぐるしく動いています。

もうすぐランチだ、どこ食べに行こうかな、と思えば

地下のレストラン街に心はぴゅーっと飛んでいく、

今日は帰ったらあのゲームしよう、と思えば

自宅に心はぴゅーーっと飛んでいく

心はあっち行ったりこっち行ったり、

脈絡なく激しく動き回っています。

 

口でしゃべることも、

心で思う様々な事柄の中から慎重に言葉を選んで

思っていることのほんの僅かを口にする程度です。

茨城県に「悪態まつり」というのがあって、

その時ばかりはどんな悪口を言っても許されるということで、

晴れ晴れとした顔つきの女性が

声を枯らしながら「あ~、すっきりした」と言っているの

報道されていましたが

日ごろ心の中で思っていてもとても口にできないことを

思いきり出したのでしょうね。

そんなことができるのは、特別に許された場だけであって

普段は「なんか思っていることある?」と言われても

やっぱり思っていることはなかなか口にできません。

 

口業より身業より、ずっと激しいのが『意業』なのです

一日何回「ちぇっ」と思うだろう。

一日何回「むかっ」とくるだろう。

一日何回「どきっ」としただろう。

書き留めていないから忘れているだけです。

すべて思うことを手帳に書き留めたら、

一日で何百ページになるだろうか。

心の中はいろいろな思いが出てきますが

すぐまた次々と違うことを思っているので

日々心で思ったことを忘れてしまっているだけです。

 

仏教の言葉に『意馬心猿』という言葉もあります。

『心は暴れ馬の如し。』

「とても制御できない。

 乗りこなせない。

 ふるい落とされてしまう。

 そんな暴れ馬の如くが「心」である)

と言われるのです。

 

『心は猿のごとし』

木から木へ、影しか見えないような俊敏な動きで

飛び移っていく猿のように、

さっきまでこのこと考えていたと思ったら、

その次の瞬間にはもう違うことを考えている、

そんな激しいのが「心」である、ということです。

 

身体はじっとしても、口は動かさなくても

心がどれほど目まぐるしく動き回っていることでしょう。

そして仏教では

『口業』よりも『身業』よりも

その激しく動く心の行い『意業』を重視しているのです。

 

 

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