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親鸞に学ぶ幸福論

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「こんなにしてるのに」の心が不幸の元

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■「こんなに会社に貢献してきたのに、リストラにあうなんて」

「こんなに家族のことを考えてきたのに、邪魔者扱いされるなんて」

【こんなに○○してるのに】の心が悲劇の元になっているようです。

 

■とかく人間は自分の貢献度を

高く見てしまう傾向にあると言われます。

サッカーの試合が終わったあと、選手たちに

「あなたは今日の勝利に何パーセントくらい貢献したと思っていますか。」

と貢献度をたずねます。

本来なら、選手全体の合計が、100パーセントとなるべき質問です。

ところが、選手全体の答えを合計してみると、

簡単に200パーセントくらいになってしまうそうです。

 

「人一倍走っているから」

「相手のFWをマークしたから」

と自分はそうとう貢献していると、欲目で自己を評価しています。

客観的に判断している監督が、貢献度が薄いと判断して

レギュラーから外そうものなら、

監督をうらんで、ふてくされます。

 

■これはサッカーなどのスポーツに限った話ではありません。

たとえば社内・部署内での貢献度を尋ねるときにも、

同じような結果になります。

いわく、

「今の会社のシステムは俺の案が採用されたから」

「オレの営業トークをみんなが用いなかったら一億円は利益が違っただろう」

などなど。。

要するに、みんな自分の貢献度や影響力を多めに見積もっているわけです。

ところがそんな功労者の自分に周りがぞんざいな扱いをしますから

この扱いはなんだ!と怒りがこみ上げてくるのでしょう。

 

■自分のミスで、会社の信用を落としてきたこと、

社内で誰かと人間関係のトラブルを起こし、

職場全体の士気を下げてきたこと、

そのような自己のかけてきた迷惑に

目が向く人はなかなかありません。

 

■【我慢されて置いてもらっている】

【許されて付き合っている】

この事実が事実と受け止められないのです。

だから懺悔もなければ、感謝もおきないのでしょう。

ko

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