親鸞に学ぶ幸福論

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愚痴をこぼすな汗こぼせ

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【愚痴(1)】


「愚痴っぽい人だ」 「それ、ただの愚痴だよ」

と今日、一般的に使われる『愚痴』とは、本来仏教の言葉です。

108の煩悩の一つで、「怨み」「妬み」「嫉み」「憎しみ」

といった心を『愚痴』といいます。

 

『愚痴』の「愚」は「愚か」ということ。

「痴」も、智恵が病にかかっている、ということで、

「愚か」ということです。

馬鹿な心であり、愚か極まりない心だ、

釈尊は言われているのです。

 

釈迦は足し算ができないとか、

文字のタテヨコがわからないという人を

「馬鹿」とはいわれません。

何か自分に辛いことが起きると、あいつのせいだ、と憎み、

人の幸せを妬む、 その心を「馬鹿」といわれるのです。

 

それは『自業自得』という、

あまりにも明らかなことがわからないからです

全ては自分のまいた種なのに、

自分のこととなるとさっぱりわからない

そしてオレがこんな目にあったのは

「親のせいだ」「子供のせいだ」「上司のせいだ」

「部下のせいだ」「社会のせいだ」と周りを恨む。

 

他の人の失敗には

「ほれ見ろやっぱりか。自業自得だよ」

とわかる人でも、

我が身に降りかかる失敗は、

とたんに他人のせいにするのはおかしなものです。

我が身知らずもはなはだしい。

 

愚痴の心は、天に向かって、つばを吐いているようなもので、

全部それは我が身に戻ってきます。

恨みの心は恨んだ相手に、なんの影響を与えません。

ワラ人形で夜中の2時に五寸釘打ち付けても、

本人が寝不足で苦しむだけです。

(恨まれたほうは快眠している)

 

苦しい状況に立たされた時、他人を恨んだり、妬んだりして、

さらに苦境に追い込まれていく人が如何に多いことか。

一切は自分の蒔いたもの、蒔かぬタネは生えぬと見つめ、

一つ一つ誠心誠意、できることから着実に対応してゆけば、

思わぬ道が開けてくるものです。

 

【愚痴をこぼすな 汗こぼせ】

このように「自業自得」を認め、己の行為を正そうとする、

ことを釈尊は『智恵』といわれています。

 

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