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親鸞に学ぶ幸福論

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仏の悟りとは、どんな悟りなのか

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迎春

昨年は、メルマガを読んでいただき、

まことにありがとうございました。

仏教をお話できる機会に恵まれたことを感謝しております。

多くのご感想、ご質問のメールをいただき、

重ねて感謝申し上げます。

読者の方からのメールはとてもうれしく、

続ける励みになっております。

ご質問にも、ちょっと返事が遅れてしまい、

礼を失することは申し訳ありませんが、

必ずお答えいたします。

答えるのに時間がかかる内容には、

スカイプなどの無料電話でお答えいたします。

どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

 

【今日の仏語】は『仏』です。


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「仏」とは「最高の悟り」のことで、

「仏覚」「仏のさとり」といいます。

これ以上の悟りはありませんから、

「無上覚」ともいわれます。

この最高無上の仏の悟りをえた方を、

「仏」「仏さま」というのです。

 

仏のさとりとは

「自覚・覚他・覚行・窮満」

(じかく・かくた・かくぎょう・ぐうまん)

と説かれています。

「自覚・覚他・覚行・窮満」とは、

自分が幸せになり(自覚)、

他人の幸せを念ぜずにおれなくなる(覚他)。

そして人の幸せのために、行動せずにおれない(覚行)

「いくら言っても聞かないなら勝手にしろ、

苦しむのは自業自得だ」

という気持ちにはとてもなれない。

助けたいという心に極まりがない(窮満)

ということです。

 

仏は「俺が幸せならいい」という気持ちにはなれない方です。

なぜなら仏のさとりとは、

幸せにせずにおれないという願いに燃える心だからです。

「自分だけ幸せになれればいい」というのは、

仏の心ではありません。

「自分が喜んでいればいい、人のことまで考えておれるか」

という心には、もうなれないのが仏の心です。

 

自分さえよければいい、との思いは、仏教の聞き間違いです。

自分の幸せを、人に分かち合えずにおれなくなる

これが自覚・覚他です。

仏教は常に、自分が幸せになり、人にもその幸せを伝える教えです。

 

本当の幸せなら、必ずそういう働きになってきます。

「覚他」にならない「自覚」はない、

自分さえ幸せならいい、と思っている人の幸せは

本当の幸せではない、と釈迦は説かれています。

本当の幸せは、

必ず人を幸せにせずにおれない働きになってくるのです。

 

「あの蕎麦の美味しさが忘れられない」と感動した人は、

誰かにその蕎麦のことを伝えます。

本当に美味しいと思ったら、言わずにおれないでしょう。

世間のことでもそうです。

蕎麦屋だとあまり繁盛すると、並ばなければならなくなるので、

教えたくないということも中にはあるかも知れませんが、

仏法はどれだけ与えても減りません。

仏教はそういうものです。説いても説いても減りません。

無尽蔵だからです。

どれだけ人に分けても減らない、

いやむしろこちらの幸せが増えてくる。

秀吉が、天下獲ったといっても、

我が身とその一族が栄耀栄華になっただけで、

限られた者だけの贅沢でした。

与え続けたら減っていくのだから、

ほんの限られた者しか楽しませられない、

いや、それだってどれだけ楽しめただろう、

むしろ本人も周りも不安にさいなまされることもあったでしょう。

 

仏教は違います。

与えると、受け取った相手も喜ぶ。

こちらも減らない。

与えたら自分が寂しい思いをするようなものではありません。

自利がそのまま利他になります。

私も今年一年、仏の教えを聞く者の自覚を胸に刻み、

自利利他の道を進みたいと念願しています。

どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

 

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