親鸞に学ぶ幸福論

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人生とは、夜の海にぱっと放り出されたような感じ

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【生死の苦海(2)】


親鸞聖人は人生を海に例えられて

「生死の苦海ほとりなし」といわれています。

「人生は、苦しみの波が次々と襲う海のようなもの」

と言われています。

「海」には大波、小波あれども、波の絶える時がないように、

人生は、死にたくなるほど大きな苦しみが襲う時もあれば、

何もない時でも、目覚まし時計で起こされるとか、

車の渋滞とか、小波ほどの苦しみは毎日あります。

 

「湖」なら風の吹く日には波が立ちますが、

無風の日には鏡のように静かです。

人の一生は、不安、不満が何一つないという時はないので

「湖」ではなく「海」に例えられるのでしょう。

 

しかもその海は、見渡す限り空と水ばかりですから

「ほとりなし」と言われています。

あそこまで行けば波がなくなる、という陸地は見えません。

湖なら、陸地が視界に入りますが、

生死の苦海は、水平線しか見えない大海の真ん中なのです。

 

親鸞聖人が人生を海に例えられたのは、

当時の時代背景や環境で言われたのではありません。

いつでもどこでも変わらぬ人生の実態を例えられました。

 

今日の日本でも、人生を海に例えられた親鸞聖人の教えに

共感する人は多いのではないでしょうか。

 

自殺を思い詰めたという27歳の女性。

彼女は大学を卒業後、非常勤で教育関係の仕事をしています。

月収は13万円。実家暮らしで生活に不自由はありません。

しかし、自立できていない自分にふがいなさを感じ、

死にたいと思うようになったといいます。

「もう未来が見えないから死にたいですね。

こんなんだったら自分は生きている価値がないなっていうふうに

考えてしまうことがあります。

やっぱり社会に出たからには、一人で生きていかなきゃいけない、

社会の役に立たなきゃいけない。

というのに自分はまだ到達できていないし、

これからできるのかって言われると、すごく不安ですね。

夜の海にバッと放り投げられた感じ。

冷たいし暗いし、先分からないし、

ここはどこだか分からないし…。

どっちに向かってったらいいのか分からないし。

必死にもがくんですけど、

結局それがいいのか悪いのかも分からない。

だったらもう、諦めて沈んでいっちゃったほうがいいのかな」

 

果てしない苦海で、

どこへ向かって泳いだらいいのか分からない

という遭難者の不安が、人を自殺に誘うのでしょう。

 

親鸞聖人は「生死の苦海から乗せる救助の大船」のあることを

終生教え続けられ、その大船に乗せていただくまでは

頑張って生き抜きなさいと励ましておられます。

 

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