親鸞に学ぶ幸福論

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今村復興相の辞任に「楽は下にあり」を思う

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【娑婆(1)】


復興相が「東北でよかった」との発言の責任を取り、辞職しました。

前後の文脈からすると

「首都圏で震災が起きたら、より甚大な被害だった」

と表現したかったのでしょうが、

一部分だけ切り取られて問題にされ、世間中から

「恥ずかしい」「情けない」「開いた口がふさがらない」

「絶対に許せない」

と批判の大合唱です。

 

確かに軽率な失言でしたが、別に

「死んでよかった」「震災が起きてよかった」

という意味での発言ではないですし、

まるで彼が「人でなし」かのように

寄ってたかって辛辣に責めなくていいではないか、

と思えてきます。

 

もっと人の心を踏みにじるひどい犯罪は毎日ありますし、

犯罪とまでいかなくても、最近のネットなどで目にする、

芸能人や外国人への露骨なヘイト発言の方が

「悪意」という点からいうと、ずっと問題ですし、

さらに言えば周りだけでなく、自分の心の中をのぞけば、

とても人に言えないようなことを思うこともあるのですから。

 


とはいえ同情はしますが、擁護する気持ちにもなれません。

現職閣僚の発言ですから、こう言われても仕方ないと思います。

批判にさらされなければならない立場だと覚悟して、

本人も立候補したのだろうし。

 

このたびの一連の不祥事も大臣ではなく、近所のおじさんなら、

「口が悪い、すぐ怒鳴るおやじ」くらいで済んだでしょうし、

その評価の後に「でも人の良いところあるよ」と

つけてもらえるくらいの分別のある人かもしれません。

ただ現職の大臣のいうことではなかったということです。

発言の重みが違うということでしょう。

 

よって、この一連の報道で私が思ったことは、

一言で言うと「楽は下にあり」ということです。

上に立つ人ほど責任が重くなり、

苦境に立たされることが多い、ということです。

 

それでもなお、人は上の立場を目指すのはなぜでしょう。

ちょうど夏の夜の殺虫灯のようなものです。

虫がバチッと音を立てて死んでいく殺虫灯。

バチッと音を立て自分の仲間が死んでいるのを見ているのに、

次の虫もまた殺虫灯に飛び込んでいくようなものです。

国会議員になりたい、今度は大臣になりたい、

今度は首相になりたい、と

より重い荷物を背負いたがる人が世の中には多く、

その重い荷物のために悲鳴を上げ、挫折する人もまた多いです。

 

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