親鸞に学ぶ幸福論

「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのか」はっきり示した、メールdeで学ぶ仏教教室です。無料メール講座が好評です。受講者4000人。

出会いと別れは旅人の一夜の宿

f:id:kikuutan:20140616111939j:plain

 

 

会者定離(1)】

 


「月日は百代の過客にして、往きかう人もまた旅人なり」

(松尾芭蕉

人生はよく旅にたとえられ、人間を旅人にたとえられます。

旅にたとえられるのは、

旅にさまざまな出会いがあり、別れがあるように、

人生は出会いと別れの連続だからです。

 

3年前ですが、小学校3年生の時の担任の先生が

フェイスブックから「菊谷隆太君ですか」と

メッセージを送ってこられて、びっくりしたことがあります。

たった1年間、そんな個人的に話したこともない一生徒を

覚えていてくれたことに感激し、

「教師ってすごいな」と嘆息しました。

私を担当されたとき、その先生はまだ大学出たてでしたが、

今は結婚されて姓も変わり、転職されていました。

いつか直接お会いできたらいいなと思います。

 

こんなパターンは珍しい方かもしれません。

私は子供の頃、2回引っ越したこともあって、

幼なじみとはもう40年近く顔を合わせず、音信もないですが、

ほとんどの人とは、二度と会えないような気がしてます。

 

その後も中学、高校と、打ち解けたり、ぶつかったり、

いろいろな人との思い出もあり、

「あいつ、どうしてるかな」とふと思うこともあっても、

再会できる日がくるかどうか。

また同窓会などで会えればいいのですが、

一生涯、再会できずに終わる人が多いと思います。

あの時はあんなに好きになったり、嫌いになったり、葛藤したり、

陰に陽に私の人生に影響を与えた人たちですが

今となっては、どこで何をしているのやら・・・

 

そう考えると、今、私の近くにいて、

泣いたり、笑ったり、怒ったりしている人たちも

やがては「どうしてるかな」と、

懐かしく思い出す人となっていくのでしょう。

 

江戸時代、街道筋を旅する人が、旅先の宿屋で同宿して、

囲炉裏を囲んで酒や煙草をのみながら、旅の思い出などを語り、

朝が来るとめいめいの方向に歩いて、もう二度と会わない、

そんな一夜の旅の道連れが、人生で出会う人、といえましょう。

 

いずれにせよ会者定離
 
出会いがあれば、必ず別れもあります。

会者定離 ありとはかねて 聞きしかど

 昨日今日とは 思わざりけり』

35歳で流刑になられる親鸞聖人が、

恩師、法然上人との痛恨の別れを惜しんで詠まれた歌です。

 

大切な人との別れはひょっとしたら今晩かもしれません。

『一期一会』という言葉もあります。

好きな人ともしばらくの間。

嫌いな人ともしばらくの間。

いずれも、かけがいのないご縁と向き合っていきたいものです。

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。