親鸞に学ぶ幸福論

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会者定離ありとはかねて聞きしかど

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会者定離(2)】

 


会者定離 ありとはかねて 聞きしかど

      昨日今日とは 思わざりけり』

親鸞聖人のお歌です。

会者定離」とは仏教の言葉で、

「出会った人は必ず別れなければならない」ということ。

誰しも大切な人とはいつまでも一緒にいたいものですが、

この世は無常ですから、必ず別れねばならないときがあります。

嫌いな人なら、別れて清々するでしょうが、

愛する人との別れは、強い苦しみを伴います。

仏教ではその苦しみを「愛別離苦」といいます。

 

海外居住、卒業式などで、好きな人と別れる時は辛いですが、

生きているなら、また再会できます。

別れの中でも、特に辛いのは、死別でしょう。

散った桜は来年には咲きますが、消えゆく命は二度と戻りません。

もう一度会いたいと、どれだけ遺体にすがって泣き叫んでも、

かなわない、その厳然たる事実が、

さらに人を涙の谷底に突き落とします。

 

もう10年くらい前の話ですが、

30代で最愛の夫を突然の交通事故で亡くし、

女手一つで二人の子供を育て、ようやく下の子が大学に入り、

「時間ができたので」と仏教講座に来られた女性が

言われていたことが、今も心に残っています。

「夫を亡くしたとき、あの人一人だけがいなくなったのではなく、

家族みんなを包んでいる空気ごと、あの人は

あの世に持って行ってしまった」

と言われていました。

 

考えたくないですが、死は万人の将来ですから、

大切な人ともやがて必ず別れる時があるのを、

誰しも覚悟しておかねばなりません。

 

しかしどんなに覚悟していても、大切な人との別れは

「昨日今日とは思わざりけり」

まさかこんなに早くその時がやってこようとはと、

今起きている現実が受け止められず、

「早すぎる、嫌だ、嫌だ」と

悲泣せずにいられないものなのでしょう。

 

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