親鸞に学ぶ幸福論

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他人の欠点を言うのが好きな人と、人の長所を見抜くことのできる人は違う

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【布施(1)】

 

よく言われることですが、最近自分でもそうだなと

つくづく感じられていることの一つに、

「人の欠点、短所を気付くよりも、人の長所を発見する方が難しい」

ということです。

 

文章の勉強のために、人の書いた文章を注意深く読み、

「この切り口と表現は上手いな」とか

「自分だったらこうは書かないな」と、こっそり評価しています。

そういう訓練をするようになって感じることは、

「短所を批判するのは簡単だ」ということです。

もちろん人のやり方や作品の欠点、短所に気付くのも、

幾分かの知識、感性がなければできないことなので、

気付ける、というのは、その人の一つの力量ともいえます。

しかしちょっと学べば、けっこう気付くことはできます。

 

気付いたときに、気をつけねばならないことがあります。

私達は気付いただけでは終わらず、気付いた欠点、短所を、

誰かに言いたくて仕方なくなることです。

人のやり方や作品をけなすことが自己主張の場となり、

「自分はこんなに見る目があるんですよ」と自慢になり、

相手を見下すことで優越感にも浸れることができ、

いろいろと気持ちが良いからでしょう。

だから人の短所を批判し、けなす人は、どこにでもいます。

 

対して「長所をほめるのが難しい」のです。

長所を発見できる人は、力のある人です。

長所が分かる人は、相当その分野で「できる」人、

または相当その道で「やってきた」人です。

そんな人は少ないので、人の長所を発見できる人は少ないのです。

「すごい」と言われる人の、どんな点がすごいか、ということも、

自分がある程度までいかないと、わかりません。

ある程度まで自分のレベルがいくと、

みんなが言う「すごい」とはこのことか、とわかってきます。

 

ましてや誰もすごいと言わない人のすごい点を発見できる人は、

よほど「すごい」人です。

砂利の中からダイヤの原石を見つけられる眼力の人ですから。

 

批判し、けなす人は、「じゃあお前やってみろ」とやらせると

できないことも往々にありますが、

長所を見抜ける人は、間違いなく「やってきた」人です。

 

仏教では「他人の長所を発見してほめるようにしよう」と

教えられます。

つい人の短所ばかり気付き、言いたくなる心を抑えなさい、

人の長所を発見し、引き出せるような人間を目指しなさい、

と勧められているのです。

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