親鸞に学ぶ幸福論

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客は料理の味だけを求めて食堂に行くのではないのだ

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【瞋恚(1)】

 


まだ私が大学生だったときのことです。

学生街の、とある食堂で食事していると、

厨房から、店の主人が誰か従業員に

激しく怒りをぶつけている声が聞えてきまして、

いたたまれない気持ちになったことがあります。

それ以来、その店には行かなくなってしまったのですが、

行かなくなったのは、味というより、

その店の主人への不快感からでした。

 


その店の主人は、指導していたんだと

弁明するかもしれませんが、

主人の言い方や言葉遣いは、

感情をぶつけているとしか思えなかったですし、

百歩譲って指導だったとしても、

客のいないところですべきでしょう。

客に不快な気持ちを抱かせることが、

その店の責任者なのに、分からんとはどういうことだと

思ってしまいます。

少なくとも、あの時、その主人は怒鳴ったことで、

常連客を一人失ったのです。

 


決して客は、料理の味だけを求めているのではない、

心地よいひとときを求めて、お金を払ってその場にいることを

心に留めなければならないと思います。

店の主人ならそういうことはよく分かっているはずです。

だからこそ観葉植物を置いたり、

BGMを気遣ったりしているのでしょうし。

分かっていても頭に血が上ると、

周りが見えなくなってしまうのかも知れません。

 


これは職場でも同じで、怒っている人がいると、

職場全体の空気が固く、ぎこちなく、暗くよどみます。

家庭だともっと悪影響です。

両親が悪態をつき、怒鳴っているのを、

子供はどんな気持ちで聞くか、

子供の気持ちを考えたらできないことが

様々な家庭で見受けられます。

 


怒っていいことは一つもありません。

怒ったあとは自分自身、嫌な気持ちになりますし、

周囲の人を不快にさせ、暗くさせます。

お釈迦様が『瞋恚(怒り)』を

三大煩悩の一つに数えられているのもよくわかります。

 


怒りがムラムラとわいてきて、

言葉や顔や態度に出てしまいそうになるときは

周りの人を苦しませることになると思い留め、

律していきたく思います。

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