親鸞に学ぶ幸福論

「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのか」はっきり示した、メールdeで学ぶ仏教教室です。無料メール講座が好評です。受講者4000人。

自由という言葉の語源は仏教だった。その意外な意味とは。

f:id:kikuutan:20171206113649j:plain

 

 


【自業自得(2)】


やりがいのない、つまらない仕事に不平を持ち、

会社をうらみ、上司を憎む人があります。

しかし今そういう立場でそういう仕事をしているのも、自分の選択の結果です。

その仕事、職場を選んだのは自分ですから、己のまいた種の結果です。

他の人がそうなっていないのは、その人がその仕事を選ばなかったからです。

そして今も自分がその仕事を辞めないでいるのも、

今まさに自らがそういう状況を自分で選択している結果です。

誰のせいでもありません。

 


それなのに会社や上司への不平が口癖になっているのは、

逆恨みもいいところです。

すべて自分のまいている種なのに、それを忘れているから、

そんな不平が口から出てくるのです。

 


会社に入ればその会社の規則や上下関係に縛られ、

家庭では干渉され、

国からも税金を徴収されたり、法律で規制されたりしますが、

そこに自分の人生の時間をゆだねているのは、

己が決めた選択の結果です。

嫌なら、そこから離れたらいいだけのことです。

離れたら離れたで、会社から毎月の給料はもらえず、

家族のふれあいやサポートはなくなり、

国民の権利はなくなりますが、それを覚悟してその道を進むのもその人の選択です。

 


本来「自由」という言葉は、仏教用語で、

【自らを由(根拠)とする】と読みます。

自分で決めて行動したのだから、

その結果、いかなる事態が引き起こったとしても

すべて「自分を理由にする」ということ。

自由に選んだ結果、何が起きてもその責任は自分にあります。

人になすりつけるものではありません。

 


「自由にさせてくれ、だけど責任は持たない」

そんなおもしろい自由はありません。

自由には責任が伴うのです。

 

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。



 

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。