親鸞に学ぶ幸福論

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執筆者だって「書く」ことは「恥をかく」ことだと思っているのだ

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【さらに私なし(2)】


先回、「もっと自分の思いや体験談を交えて書いたらいいのに」というご意見への

自分の思いを書きましたかところ、何人かの方からメッセージをいただきました。

それを読ませていただき、少し言い足りないことがありましたので、

今日も先回の内容を続けます。

 


どうしても自分のことを言ったり書いたりすると自慢話になります。

たとえ自分の思いや行動、生活や近況に触れなくても、

こうしてメルマガを書いているままが、

「どうだ、オレはこんなことを知っているんだゾ」

という自己顕示欲、承認欲求と切り離せません。

それは人に指摘されるまでもなく、

情報発信している執筆者自身、わかっていることです。

だから執筆者は、「書く」という自分の行為を、

どこか恥じる思いもあるのです。

「“書く”とは“恥をかく”ことだ」といわれるのも、

実感しています。

 


しかし全く自分のことを書かないと無味乾燥になる面も否めず、

私でしたら、本題に入る前に近況を書きますし、

自分の思いを切り口に教えの内容に入ることもあります。

それで興味を持って読み続ける意欲につながる方もあれば、

自慢しているように感じられ、嫌な思いをする方がある

と思いますので、どこまで自己開示するか、難しいところですね。

 


また人間の自己顕示欲の強さは、

自分の心を見つめてもよく分かります。

自己顕示欲のことを仏教では「名誉欲」といい、

五欲の一つに数えられています。

親鸞聖人も「名利の大山に迷惑す」

“名誉欲に振り回されている親鸞だ”と懺悔されているほど、

私たちを苦しませ、迷わせる心です。

 


名誉欲のために、知らず知らず本来の目的である

「親鸞聖人の教えを伝える」という、浄土真宗講師としての使命が

ずれていってしまうのにも警戒しなければならないと思っており、

そういう意味でも自分のことを語るのは、ためらいます。

 

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