親鸞に学ぶ幸福論

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「現世」は一瞬で「前世」となり、「来世」は一瞬で「現世」となる後生の一大事

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【後生の一大事(2)】


仏教に「後生の一大事」という言葉があります。

「後生」とは「死後」「死んだらどうなるか」ということです。

「死んだらどうなるか」の問題は、万人が直面する一大事なので、

仏教では「後生の一大事」と言われることを先回話をしました。

 


後生(死後)は確実な自分の将来なのに、

なぜ私たちは後生を気にせず、問題にもしないのでしょうか。

 


それは皆「まだまだ死なない」と思い込んでいるからです。

多くの人が平均寿命から逆算して、

「あと30年、40年あるから大丈夫」

と思っています。

しかしその計算はあてになるでしょうか。

 


中学生の頃、凍っている北海道の冬の湖に行ったことがあります。

「人も歩けますよ」と地元の人が言いますし、実際歩いている人もいるので、

大丈夫だろうと思うものの、なんとも頼りなく、

一歩一歩おそるおそる歩いたのを思い出します。

なにしろ何かの拍子で足下の氷が割れたら、

身体全部冷たい湖にドボンと投げ出されるのですから。

 


仏教では私たちの命の実態を

「薄氷の上を歩いているようなもの」とたとえられます。

薄氷の上で視界に広がる世界が、

私たちが現実と思っている「現在世(現世)」です。

薄氷の下が後生、死後の世界。

視界には入らず、おとぎ話のように思っている「未来世(来世)」です。

今立っている足下の薄い氷がパリンと割れたら

その時、その場で、後生に飛び込んでいかねばなりません。

 


その瞬間に今まで現実の世と思っていた「現在世」は

二度と戻れぬ「過去世(前世)」と変じ、

あったかどうかも確かめようのない、夢の中の出来事になります。

一方、今の今まで空想話のように受け止めていた「未来世(来世)」が

瞬時に、現実そのものの世界「現在世(現世)」となるのです。

 


以下は40代でステージ4の膵臓がんを診察室で宣告されたがん患者の手記の一部です。

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世の中が真っ暗になり、全ての人生設計が破壊されてしまった。

深い谷底に突き落とされた感じ。

診察室は死刑の宣告場だった。

言葉に言い尽くせぬショックで、私は思わず両手で顔を覆った。

あれ以来、今までの自分が一変して、何もかも自分から遠くなってしまった

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毎日報道される病気、事故、災害、事件で人が亡くなるニュースは、

ここかしこで氷が割れて、人が落ちていっている姿です。

私もあなたも、いつ割れるかわからない薄い氷の上に立っているという点で、

今日死亡して報道されている人と同じです。

 


私たちはその己の実態を忘れて、

3年後にはあれをして、5年後にはこうなって、と

氷の上で何をするか、しか考えていません。

他の人よりも相当先を見て計画性を持って生きていると自負している人も、

氷の上でのことです。

今晩にでも割れるかもしれない氷の下はどうなっているのか、

何の準備も対策も立てず、少しも関心を払いません。

 


「あわれというもおろかなり」と、

蓮如上人はこの人間の実態を喝破されています。

 

 

 

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