【食欲(1)】
仏教で教えられる『十悪』のうち、心で造る罪悪が三つあり、
その筆頭が『貪欲』です。
欲しい、欲しいと求める心のことです。
貪欲の中でも代表的な五つを『五欲』といい、
その最初に挙げられるのが『食欲』です。
「食欲」を罪悪だと説かれる釈迦の教えに、
「食欲がなぜ悪なんだ?」と首をかしげる人も多いと思います。
「食欲の秋」と聞いて「悪を造る秋」と思う人もありませんし、
「私、お腹空いちゃった」と発言する人に「なんて悪いことを口にするんだ」と眉をひそめる人もありません。
「食欲が旺盛なのは健康的でいいことであり、咎められることではなかろう、何が悪いことあるか」と言っています。
しかしそれは類いまれな飽食な時代に私たちが生きているから、そんなことが言っておれるのです。
人類史は何千年も前から「飢饉」を最悪の敵としていました。
つい100~200年前には世界のほとんどの人が、
生物学的貧困線のギリギリのところで暮らしており、
この線を下回ると栄養失調となり、飢え死にしました。
わずかなミスや不運、たとえば豪雨で田んぼの稲がやられたり、といった出来事で、
一家全員、あるいは村全体が、いとも簡単に餓死に追いやられたのです。
江戸時代には全国各地で、大小合わせ35回も飢饉に見舞われました。
天明の大飢饉による餓死者は30万人とも50万人ともいわれ、
特に東北地方での被害は甚大で、弘前藩では人口の3分の1が餓死しました。
越後の国では、親が衰弱した子供達を柱にくくりつけ、
兄弟同士、食べ物を巡って殺し合いを始めるのを防いだといいます。
飢饉を生き延びてきた当時の人たちは、
生き延びるその過程の中で、
とても人には言えない、いや自分でも思い出したくもない、
そんな罪をどれだけ犯したことでしょう。
本来は兄弟や子供に分かち合うべき食物を、
ひそかに自分一人で食べてしまい、
その結果、兄弟や子供を栄養失調で死なせてしまった、
そんな事例もいくらでもあったはずです。
食欲の引き起こす罪悪の恐ろしさは
じゅうぶん骨身にしみていたことでしょう。
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