親鸞に学ぶ幸福論

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幸せは案外こんなところにある

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【縁(1)】


あなたは朝起きて最初に会う人は誰ですか。

「おはよう」と言うと「おはよう」と返してくれる人です。

ご主人か、奥さんか、あるいはお父さんお母さんか、子供でしょうか、職場の人かもしれません。

その時、気持ちよく幸せな思いになれていますか。

それとも嫌でため息つきたくなる思いになるでしょうか。

これは一日の大事なスタートとして大事なポイントですね。

けっこう人生の幸せの大きなポイントはこういうところにあるものです。

 

では日中はどうでしょう。

あなたが一日の多くの時間を過ごす人は誰でしょうか。

その共に過ごす人が気持ちのいい人だったら、その人の一日は気持ちの軽いものになります。

逆にその人が嫌な人、イライラする人だった場合、その一日はストレスで心身をむしばむことになります。

 

こういった日々の人との関わりは、収入や学歴なんかよりずっと幸福の大きな要素です。

着ている服や住んでいる家よりもずっと人生に大きな影響を及ぼすことになります。

 

仏教ではこうした「人との関わり」のことを「縁」といいますが、誰と縁を持つか、誰と縁を深めるか、ということは、幸福になるか不幸になるか、成功するか失敗するか、の極めて大事なポイントですよと教えます。

人生における全ての結果は因(決断や行動などの自身の行い)と縁(人との関わりなど、周りの環境)が結びついて起きることだからです。

 

例えば結婚相手。

「人生の伴侶」とも言うように、人生の旅を伴って進む人ですから、選ぶ相手を間違えたら大変です。

人生、ずっと嫌な思いをしなければならなくなります。

ビジネスパートナーもそうです。

選ぶ人もよく吟味しなければならないのは当然です。

信頼できる人との取引でないと、その人のせいで大損することもありますし、だまされて資産を全部失ってしまう、ということだってあります。

どんな部下を選ぶか、どんな上司を選ぶか、それによって仕事上のストレスも相当違います。

その仕事を好きになれるかどうかも、この点がとても大きいものがあります。

 

目先の収入や評価に目の色を変え、人との縁を大切にしない人があります。

そういう人は他人よりいい家に住み、いい服を着ることができるようになるかもしれませんが、幸福になれるかというと話は別です。

 

人との縁を大事にし、幸せな人生を送りたいものです。

 

 

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恐れを知ってしかもそれを恐れない心

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【意業(1)】


好きな人がいても、断わられて傷つくリスクを考えてしまって、躊躇するものです。

ならば告白する前に、まずは話しかけて友達になろうと思うのですが、これまた話しかけた結果、無視されたり、嫌がられたりしたら、とてもメンタルが耐えられそうもないということで、それもなかなかできません。

あまり大事でない人なら「どう思われたっていいじゃないか」「旅の恥はかきすて」「あたって砕けろ」と開き直ることもできますが、その人への想いが真剣であればあるほど、臆病になってしまいます。

 

しかしアクションを起こさない限り、その後の進展もまたないのです。

やがてその人は、リスクを取って行動した他の誰かと付き合うことになってしまうでしょう。

かけがえのない人なら、そこはやはり勇気を出さなければならない場面といえるのではないでしょうか。

 

恋愛を例にとって話をしましたが、リスクを取らないと行動できないのは、ビジネスやスポーツなど何事においてもいえることです。

「リスクを取る勇気がなければ、何も達成することがない人生になる」(モハメド・アリ)

「積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている」(羽生善治)

「リスクをとらなければ現状維持すら不可能」(本田直之)

リスクが怖いと躊躇しているうちに機を逸してしまいます。

挑戦する勇気を持ちたいものです。

 

ただし気をつけねばならないことがあります。

恐れ、リスクを知らない人が行動を起こすのは、勇気とは言いません。

それは蛮勇、無知、無謀、我が身しらず、です。

「怖れを知ってしかもそれを恐れない心」が勇気であり、

「リスクを知る人がそれでもそこへ進む」のが勇気なのです。

 

 

 

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雑草という名の草はない

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「名医の目には薬草にならない草はない」

漢方の格言です。

「また雑草が生えてきた」と私たちがうんざりする、身近な雑草の中にも、薬草になるものが豊富にあります。

例えば「オオバコ」は、庭でもどこでも抜いても抜いても生えてくる典型的な雑草ですが、利尿薬や咳止めの生薬になります。

他にも「ゲンノシヨウコ」は下痢に効き、「ドクダミ」も便秘や蓄膿症に、「イカリソウ」はユンケルの成分に使われますし、これら全部庭に生える雑草の代表のようなものばかりです。

名医になると毒性のある草さえ、妙薬として用います。

 

「雑草」という名前の草はない、ということです。

つまらない草、雑草、があるのではない、雑草としか思えないその人の思考がつまらないだけなのです。


精神科医でベストセラー作家の明橋大二さんも、著書の中でこう書かれています。

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▼キレる子どもは、たいてい、本当は、人一倍気を遣う、優しいところを持っています。

▼言うことを聞かない子どもは、自分の意思をすでにちゃんと持っています。

▼何事も動作が遅い子どもは、物事にじっくり取り組むタイプかもしれません。

▼やんちゃな子どもは、今の子どもが忘れた(かもしれない?)元気をいっぱい持っています。

▼おとなしい子は、人の気づかないことにも気がつく、敏感なところを持っています。

足りないところばかり目について、あれもダメ、これもダメ、とついつい言ってしまいます。

でもそうするとそのうち、子どもは、自分の存在自体がダメなんだ、と思ってしまうかもしれません。

ところが、違う目線で子どもを見てみると、あんなに問題児だと見えた子も、なぜかいとおしく、輝いて見えてくるから不思議です。

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こんな暖かい視点を持てる人になりたいものです。

 

 

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4通りのジンザイなんて言っている場合か

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【布施(1)】


昭和によく使われた言葉に「4通りの人材」というのがありました。

「人財」「人材」「人在」「人罪」です。

「人財」は、その会社にとって財産と言っていい貴重な社員のこと。

「人材」は、会社に貢献する一般社員。

「人在」は、いないよりましかな、という社員。

「人罪」は会社に置いておくこと自体がマイナスだという人のことです。

今でも企業研修で使ったり、経営者、管理職が口にするケースもあると聞きますが、それはさすがに時代錯誤でないか、と思います。

 

「あいつは使える」

「あれは何をやらせてもダメだ、使えん奴だ」

と得意顔で部下を評価する上司が昭和にはありました。

そんな横柄なマネジメントが通用した、のんびりした時代だった、ともいえますし、そんな上から目線の経営者でもやって行けた時代だったともいえます。

 

現在は時代の流れも速く、個客のニーズに沿うためにどうすべきか、あらゆるアイデア、多様性が求められる時代であり、そうでなければ企業が生き残れない時代です

人的資源も限られているので、あれは「人在」だの「人罪」だのと非難している場合ではなく、限られた人的資源でいかに最大の力を発揮するか、経営者こそ頭をフル回転させなければならない時代です。

 

「組織とは、強みを成果に結びつけつつ、弱みを中和し無害化するための道具である」

マネジメントの研究で知られるドラッカーの言葉です。

言うまでもなく、人には凸凹があります。

対人関係が上手な人、斬新なアイデアの出せる人、几帳面で正確な仕事のできる人、調整力に秀でた人、プレゼンの上手な人、文章を書ける人、デザインができる人、などいろいろあります。

その個性はある分野においては強みとなり、またある分野においては弱みとなります。

組織は社員の強みと弱みを的確に把握し、強みを十二分に発揮してもらい、弱みによって苦しまないようにするためのものだ、とドラッカーはいうのです。

先ほどの「ジンザイ」の話なら、「人材」「人在」「人罪」を「人財」に持っていくのが組織の長たる者の使命といえるかと思います。

 

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仏教でいうところの「後悔するな」とはどんなことか

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【後生の一大事(1)】

 


誰しも後悔のない人生を送りたいと思っています。

「後悔しないようやりきろう」

「悔いのない人生にしたい」

という言葉もよく耳にします。

「人生を後悔しないための10の法則」といった本が売れるのも、多くの人の強い関心事だからでしょう。

人生の最後に「後悔はない」と笑って死ねるなら人生は成功だったといえるのではないかと思います。

逆に他者に打ち勝ち、財と名声を手に入れる、傍から見れば成功者といえる人生であったとしても、人生の最後に「こんなはずじゃなかった、人生をやり直したい」と悔やむならば、それは幸せな人とはいえません。

ならば「どうすれば後悔ない人生を送れるのか」というテーマは、みな知りたいことといえそうです。

 

ところが後悔したくないのはみな共通であるにもかかわらず、後悔している人は数知れずあります。

「なんであんな人の言うことを聞いてしまったんだろう」

「どうしてこの人と結婚してしまったんだろう」

「なぜこんな会社に入ってしまったんだろう」

「あんなことを言わねばよかった」

「こんなことをするんじゃなかった」

嘆きの声は世に満ちてます。

後悔は嫌だ、と思ってみなあれこれ考えて生きているのに、それでも後悔する人があとを絶たないのは、後悔しない人生を送ることが簡単でないことを物語っています。

 

ではどうしたら後悔のない人生を送れるのでしょう。

世界の偉人であるブッダはどう説かれているか。

鎌倉時代の親鸞聖人はなんと教えられたか。

蓮如上人はどう言われているか。

これら仏教の諸師の遺されている言葉を通して『後悔のない人生の送り方』についてYouTubeでお話ししました。

今までの人生本、自己啓発や心理学、ビジネス書やスピリチュアルなどで提唱されているものとは著しく違いますので、驚かれる方、戸惑われる方もあるかと思いますが、仏教思想がよく分かる内容だと思いますので、ぜひご視聴ください。

>>【後悔のない人生の送り方】

 

手助けを必要としている人に声をかける気持ち

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【悲田(1)】


温かい気持ちになったツイッターがありました。

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駅で白杖を持って壁際に立ってる男性がいたので「お手伝いすることありますか?」と聞いたら「ありがとう。知人と待ち合わせしてるんで大丈夫。またよろしくお願いします」と。
最後の一言って多分、また自分を見た時はじゃなくて「困ってる人見たらまた声かけてあげて」って意味だろうなあ。
優しい人。
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なにかと忙しい現代人は駅でも足早だし、スマホで何か読んだり、返信するのに懸命で、白杖を持って壁際に立ってる男性がいても我関せず、という人が多いでしょうに、さらりと「お手伝いすることありますか?」と聞く女性。

その言動を感謝し「ありがとう」と口にし、断ることで「余計な言葉だったかな」と相手が思わないよう配慮し、そういう言動が自分たちにはとてもうれしく、ありがたいことを「またよろしくお願いします」という言葉で示す男性。

その男性のさりげない言葉にまた「優しい人」と受け止める感性を持つ女性。

 

こんなやりとりがここかしこでなされる日本であってほしいな、と思いました。

これから先、ますます高齢化社会を迎える日本は、手助けを必要とする人が増えてきます。

そういう人たちに温かく接することができる日本人でありたいものです。

 

仏教では人に親切することを「布施行」といい、勧められていることですが、特にその布施をする対象として勧められている一つが「悲田」です。

「悲田」とはかわいそうな人、気の毒な人、苦境に立たされている人です。

そういう人に手を差し伸べることは、すばらしい布施の行ですよ、と釈迦は教えられています。

 

 

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秀吉の意外な一面

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【精進(1)】


秀吉の言葉にこんなのがあります。

「一職を得れば一職、一官を拝すれば一官、心頭を離れず、ひたすらにそれをつとめしのみ、他に出世の秘訣なるものあらず」

一つの役職、一つの任務を全うできるようひたすら務めよ、それ以外に頭角を現す道はない、と言ったというのですが、この言葉を始めて私が聞いたときは正直言って「なんか秀吉っぽくない言葉だなあ」と思いました。

というのは秀吉ってなんか、コツコツ槍働きで汗流す実直な武将を尻目に、口一つで巧みに人をうまく引き込んでいく天才肌のようなイメージありませんか。

太閤記などで語り継がれる武勇伝も「墨俣の一夜城」とか「堺の商人から軍資金を引っ張る」とか華々しいものが多いですし、なんとなく私の中では才覚一つで機をつかみ、大ばくちに勝ち続けて天下を獲ったイメージがありました。

 

ところが仏教の教えを知るようになって、「一職を得れば一職」の言葉に、やはりこれは秀吉の際だった一面であったんだろうと思うようになりました。

仏教を聞くまでの私は、頭角を現す人、成功している友人に「あいつ、うまくやりやがって」とねたましく思うこともよくありましたが、結果よりもその結果をもたらした原因を見よ、との仏教の教えを聞くようになって、成功者を見る目が変わりました。

今は「小さいことや地道なことをおろそかにして大きなことは成し遂げられない」と確信しています。

 

私の周りにいる成功者の言動やものの考え方は、実に地道で堅実であることが日々知らされます。

きっと秀吉なんかは彼ら以上にそうだったに違いないと思うようになりました。

もちろん太閤記で語られるような華々しい天賦の才はあったに違いないのですが、それよりも「一職を得れば一職、一官を拝すれば一官」と語った秀吉にリアルな彼の姿を見る気がします。

 

実際、信長軍団で頭角を現すまでの足跡をたどると、一つ一つの職務を軽んぜず、堅実に勤めてきたエピソードが多々伺えます。

炭奉行を任じられれば、「なんだ、炭奉行か」と他の武将に嘲笑される中、炭の管理を徹底し、経費を半分に削減し、周囲を驚かせます。

城の修築を命じられれば、他の今までの誰よりも、丁寧に、速やかに行い、信用を築きました。

一職一職に精魂込めて打ち込む姿がそこにはあります。

 

 

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