親鸞に学ぶ幸福論

「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのか」はっきり示した、メールdeで学ぶ仏教教室です。無料メール講座が好評です。受講者4000人。

先ず相手のことを慮る

 

f:id:kikuutan:20210112112343j:plain

【布施(1)】



商品を買う際、店員が

これ以外選択肢があるはずがない、とばかりに

一つの商品を鼻息荒く売り込んでくると

かえって胡散臭く、

不快な感じがして躊躇してしまうことがあります。

店員に、自分の都合のいい方向に客の気持ちを持っていこう、

という思惑が感じられて、

無用の反発が起きてしまうんですよね。



こちらのいろいろなニーズをよく聞いてくれて、

それぞれ適応する商品を並べて

比較検討する材料をくれると

買う自分の立場に立って勧めてくれる人だなと好感持ちますし

その商品の欠点も話したりされると、

誠実な人だなと信頼もできます。



これは営業マンなら研修などで学ぶことの一つでしょうから

よく会得している人が多いですが、

商品のことだとわかるのに、

自分の敵対する人のことを述べる時、

その人の問題点を誰かに話す時には

このことがわからなくなる人が多いように感じます。



彼の悪いところはこうです、と

その人の悪い処、問題点を力説されればされるほど、

心の中では

「この人のバイアスが相当かかっているな」

と思えてきてしまいます。



辛辣な言葉を使って言ってくると

かなり主観が入っているなと構えてしまいます。



「みんな迷惑してます」と言ってくれば

「みんなって誰だよ」と突っ込みたくなるし、

「もう少し自分のことにも目を向けたら?」と反発心も起きてきます。

「これは話半分に聞かないとな」とガードする心がでてくるものです。



実際に意見そのものは傾聴に値するような内容であっても

相手に配慮できない言い方であるばかりに、

損をしているケースは往々にしてあります。



話している相手の心の機微がわからなければ、

(機微というほど繊細なものではないでしょうが)

とても人の心を動かすような人にはなれない、

政治家なんかには不向きな人といえましょう。



自分の思いを通したいのなら、

その意見を聞いてもらいたいならなおさら

相手の立場、心情を理解して話す。

そうして初めて自分の思いが通せるというものです。



交渉も、商談も、相談も、報告も

相手が受け取れるように、

うなづいてくれるように、

『先ず相手のことを慮る』

という布施(親切)の実践が大事ですね。

 

=======================

仏教を分かりやすく体系的に学べる全20回の無料メール講座です。
おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます。
登録解除もいつでも自由なので、一度お試しに覗いてみてください。

 

僧侶のたった一つの仕事

f:id:kikuutan:20211014174720j:plain

【僧(2)】


コロナ禍で葬儀が簡素化する今日の風潮は、

葬式法事に依存した寺院にとって大きなダメージです。

僧侶は兼職、廃業を迫られ、寺自体も急速な勢いで無くなってきています。

 

しかしこれもまた本来の「僧」たる立場に帰る勝縁なのではと、

私はこの風潮を好意的にとらえています。

 

江戸時代、檀家制度で各寺に門徒(檀家)が割り当てられ、

その檀家からの葬式、法事、墓の世話で生計を立てられるようになりました。

そのうちいつしか本来の僧の任務である「仏法を伝える」ことがおろそかになっていきました。

 

元来、お釈迦様の説かれた「僧」とは仏弟子のこと。

「真の仏弟子」とは、お釈迦様の説かれた仏法を皆にわかるようにお届けするのがただ一つの仕事です。

 

仏教を人にお伝えするのは大変です。

お経は難しい漢字ばかりですから、その一つ一つの意味を話すだけでも大変ですが、

それだけでは未だ仏法を伝えたことにはなりません。

お経の意味を話したところで、

その内容が自分の人生とどう関係しているのか、

みな分からないので、聞く耳を持ちません。

続けて聞きたいと思われないのです。

 

私たちの人生にとって、絶対欠かしてはならない大切な内容が、

仏教に教えられていたとは知らなかった、と聞く人が感動し、

続けて聞かせていただきたい、となってこそ、

法を伝えている、といえますが、

これは大変難しいことです。

根気の要ることです。

いい加減な気持ちで取り組んでいる人が務まるものではありません。

僧侶が他の仕事に就かず、法施一つに専念するのは、

片手間にできることではないからです。

法施一つに専念してさえ、なかなか法をお伝えすることができず、

悩みが絶えないのに、他の職業をする時間はないのです。

 

自分の生活を抛ってでも、人々に法をお届けすること一つに

専念する僧を敬って、仏教では「僧宝」と言われます。

自らが正しく仏法を知り、

それを伝えることに己の全てをかける人は

私たちにとって、かけがえのない宝だからです。

=======================

仏教を分かりやすく体系的に学べる全20回の無料メール講座です。
おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます。
登録解除もいつでも自由なので、一度お試しに覗いてみてください。

 

葬式は家族だけで

f:id:kikuutan:20211014173828j:plain

【僧(1)】

コロナ禍で「葬式は家族だけで」と希望する家が多くなっています。

こういう傾向はすでにコロナ前からあり、

その流れがこの度のコロナ禍で加速した、ということかと思います。

厳しい経済事情の人も多い今日の日本にあって、

葬儀代は100万円以上、

坊さんを呼べばさらに20万~50万円、

戒名をつけてもらうとさらに何10万円、

そこまでの葬儀をする必要があるのか、

それで家計が圧迫して子や孫がつらい思いをするのは故人は望むだろうか、

という人も増えています。



このように葬儀が簡素化する今日の風潮は、

葬式法事に依存した寺院にとって大きなダメージです。

僧侶は兼職、廃業を迫られ、寺自体も急速な勢いで無くなってきています。



一昔前なら僧侶の存在意義は、疫病になった際の加持祈祷、

戸籍などの把握に檀家制度が役割を担い、

駆け込み寺など地域のコミュニティーの場として生活上の悩みを請け負うところでもあったでしょうが、

それらの任務は疫病なら医療従事者、

戸籍なら役所、生活上の悩みは弁護士やNPO法人などにとって代わられました。



さらにこれで葬儀や墓まで無くなったら、

それこそ坊さん不要の社会になってしまうのでしょうか。

私はこのまま寺や坊さんという形が衰退していくかどうかは、

本来の僧侶の原点に立ち返ることができるかどうかにかかっていると思っています。

では僧侶の使命とは何か、次回お話しします。

=======================

仏教を分かりやすく体系的に学べる全20回の無料メール講座です。
おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます。
登録解除もいつでも自由なので、一度お試しに覗いてみてください。

 

すぐ他人のせいにする人

f:id:kikuutan:20210921223427p:plain

 

私の話を聞いている高校生の子が

「自分も仏教を伝えたい」とサイトを作成しました。

彼は中学2年で私のサイトから「聞きたい」とアクセスしてきて、

それから毎週個人的に話を続けて今に至る人です。

 

それにしてもこのサイトすごい。

全部自分一人で作ったとのこと。

サイト作成の技術、意欲もさることながら、

よくぞここまで仏教の教えを理解しているものだと改めて感服してます。

よかったら覗いてみてください。

https://buddhismforadolescents.org/

中学、高校、大学生で仏教、生きる意味に関心ある人と会いたいそうです。

 

【今日の仏語】は『愚痴』の1回目です。


==============


仕事に就いても続かない、すぐ辞める。

その理由は「職場の連中がバカばっかりだから、あんなところでやってられない」。

「上司が理不尽なことばかり言う、あれではあの会社は将来性がないよ」とのこと。

 

交際も続いたためしがない。

それも理由は「あいつのあの性格のせいでうまくいかなかった」。

 

挙句の果ては、

「仕事に就けないのも、結婚できないのも、親が悪いからだ、親の育て方のせいでこうなった」

と今度は親を恨む。

このように、すぐ他人のせいにする人、

なんでも誰かのせいにして生きている人は時々見かけます。

 

その考え方、どうにかならないものか、と周りは迷惑して頭を抱えているのですが、

これは人がどうこう言って治ることでもありません。

やはり本人が気付くしかないことです。

 

なかなか自分のこととなるとわからないものです。

人のことは分かるのに、なかなか自分の問題にはメスが入らない、

それが私たちの実態です。

ましてそういう人は、他人のせいにするのが思考の癖になってしまっているのですから、

一生気付けないかもしれない。

 

しかし自己に目を向けなければ、

その人の人生が好転することはもうありません。

いつか儲かる、いつか売れる、いつか俺の価値をわかる人が現れすごいことが起きる、とは口にしますが、

どうやって儲けるのか?どうしたら売れるのか?

どういう点がまだ回りが気付いていないあなたの価値なの?

という問いには何も答えられない。

その問いに答えられないのも、つまり自己に目を向けていないからです。

 

自己に目を向けると、人生は一転します。

その「回れ右」するまでが人生の鍛錬の時です。

=======================

仏教を分かりやすく体系的に学べる全20回の無料メール講座です。
おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます。
登録解除もいつでも自由なので、一度お試しに覗いてみてください。

同じ屋根の下で暮らす苦しみ

 

 

【愛憎

f:id:kikuutan:20210208161831j:plain


(1)】


「怨憎会苦」という苦しみがある、とお釈迦様は説かれています。

嫌いな人、苦手な人と会わなければならない苦しみのことです。

 

「今日もあの人に会わなければならないのか」

と思うと、朝からため息が出てくる。

「あーあ、またあの人に何言われるのか」

と思うと、道中も胸が重い。

そんな経験のある人は多いことと思います。

 

「あの人が行くなら、私は行かない」と旅行を断ったり、

「あの人が受講するならば、私は出ない」と言ったりする人があります。

中には「あの人がいる部屋にはいたくないから行きません」とまで言う人があります。

 

嫌いな人が部屋にいるだけで耐えられず、気持ち悪くなってくる、ということなんですが、

私自身、そこまで人を嫌いになった経験がないので、

「別にその人が部屋にいても、 言葉を交わしたり、視線を交わしたりしなければいいじゃないですか」

と言うと、

「嫌いな人の吐いた息を吸うのが嫌なんです。

 吐いた息が部屋の空気と混じって自分が吸っているかと思うと、虫唾が走るんです」

と言われました。

 

そんな嫌いな人がもし上司だったらどうなるのでしょう。

「嫌いだから職場に行きません」

と言ったら、たちまちリストラにあうんだし、生活できません。

やはり鼻つまんででも、出勤しなければなりません。

 

もし嫌いな人が夫だったらどうなるのでしょう。

「なんで夫が、嫌いな人になるの?

 好きで一緒に生活したいと思った人じゃないの?」

と思われる人もあるかもしれませんが、

そこは「愛憎一如」という言葉が仏教にあるように、

よくあることなのです。

 

「愛したのに、大切にしたのに、こんな人とは思わなかった」

と失望すると、余計に憎しみがわいてくる、というのです。

とことん愛しただけ、その想いが報われなかった時に、

顔も見たくないほど憎しみがつのるといいます。

 

「妻の顔を見るだけでムカムカする」

「夫のいる部屋の空気を吸いたくない」

という夫婦は、昨今珍しくありません。

「怨憎会苦」

職場でも家庭でも、生きてゆく以上、

この苦しみは避けられません。

 

科学がどれだけ進歩しても、

政治形態が変わろうと

もう変わることのない

人間の普遍的な苦しみの一つといえましょう。 

=======================

仏教を分かりやすく体系的に学べる全20回の無料メール講座です。
おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます。
登録解除もいつでも自由なので、一度お試しに覗いてみてください。

怨憎会苦に苦しむ古今東西の人類

f:id:kikuutan:20210919081918j:plain


【愛憎(1)】


「怨憎会苦」という苦しみがある、とお釈迦様は説かれています。

嫌いな人、苦手な人と会わなければならない苦しみのことです。

 

「今日もあの人に会わなければならないのか」

と思うと、朝からため息が出てくる。

「あーあ、またあの人に何言われるのか」

と思うと、道中も胸が重い。

そんな経験のある人は多いことと思います。

 

「あの人が行くなら、私は行かない」と旅行を断ったり、

「あの人が受講するならば、私は出ない」と言ったりする人があります。

中には「あの人がいる部屋にはいたくないから行きません」とまで言う人があります。

 

嫌いな人が部屋にいるだけで耐えられず、気持ち悪くなってくる、ということなんですが、

私自身、そこまで人を嫌いになった経験がないので、

「別にその人が部屋にいても、 言葉を交わしたり、視線を交わしたりしなければいいじゃないですか」

と言うと、

「嫌いな人の吐いた息を吸うのが嫌なんです。

 吐いた息が部屋の空気と混じって自分が吸っているかと思うと、虫唾が走るんです」

と言われました。

 

そんな嫌いな人がもし上司だったらどうなるのでしょう。

「嫌いだから職場に行きません」

と言ったら、たちまちリストラにあうんだし、生活できません。

やはり鼻つまんででも、出勤しなければなりません。

 

もし嫌いな人が夫だったらどうなるのでしょう。

「なんで夫が、嫌いな人になるの?

 好きで一緒に生活したいと思った人じゃないの?」

と思われる人もあるかもしれませんが、

そこは「愛憎一如」という言葉が仏教にあるように、

よくあることなのです。

 

「愛したのに、大切にしたのに、こんな人とは思わなかった」

と失望すると、余計に憎しみがわいてくる、というのです。

とことん愛しただけ、その想いが報われなかった時に、

顔も見たくないほど憎しみがつのるといいます。

 

「妻の顔を見るだけでムカムカする」

「夫のいる部屋の空気を吸いたくない」

という夫婦は、昨今珍しくありません。

「怨憎会苦」

職場でも家庭でも、生きてゆく以上、

この苦しみは避けられません。

 

科学がどれだけ進歩しても、

政治形態が変わろうと

もう変わることのない

人間の普遍的な苦しみの一つといえましょう。 

 

=======================

 

仏教を分かりやすく体系的に学べる全20回の無料メール講座です。
おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます。
登録解除もいつでも自由なので、一度お試しに覗いてみてください。

直ちにインターネットでの情報発信を覚えよ

f:id:kikuutan:20210904223703j:plain

 

【説法(1)】

 

私はインターネットで仏教の内容を発信しているので、

ネットのことはくわしいと思われているのですが、

知る人ぞ知る、私はネットに苦手意識を持っている人間です。

今もワードやパワーポイントはろくに使えず、

スマホを持ったのもつい1年前で、

アマゾンや楽天で購入することもまれで、

スマホ決済も面倒くさいですし、

ネット全体が好きではありません。

 

しかし必要に迫られれば人間身につけられるもので、

ワードプレスを学び、しょぼいなりに動画編集もでき、

初歩的なプログラミング言語もわかるようになってきました。

今、私は52歳なのですが、それら45歳以降に学んだことばかりです。

今やググればていねいに教えてくれる人がたくさんいますし、

妻が動画編集にくわしかったことも有り難かったです。

 

ネットで何かしようとすると、その都度トラブルが起きて、

億劫で、面倒で時間ばかりかかってイライラして仕方ないのですが、

一度身につけると人生変わります。

何よりも根気よく調べれば必ず答えが見つかるとわかったのが大きいです。

 

さて何が言いたいかといえば、

ネットの苦手意識は1年で克服できますが、

そのネットで伝える内容を身につけるのは10年かかる、ということです。

最も時間がかかるのは伝える内容です。

 

たとえるならネット技術を身につけるというのは、

仏教講師である私のような情報発信する職業・立場の人にとって、

今まで弓矢で狩りしていたのを鉄砲に変えたみたいなものです。

弓を鉄砲に変えたら圧倒的に結果が変わるように、

私にとってネット技術を身に着けたということは

著しい変化をもたらしました。

 

だから特に人に伝えたいことがある人、特にその伝えたい内容が、

ある一定の人にとって聞きたい内容だった場合はなおさら、

ネットの情報発信をしないのがもったいなくて仕方ないと思うのです。

「伝えたい内容が、ある一定の人にとって聞きたい内容である」

と言いましたが、

そういう内容を届けられる人が本当に少ないのです。

そういう内容を学び、習得し、伝えられるようになる方が

ずっと時間がかかり、労力のいることです。

そういうものを持っているのに、ネット技術を知らないとしたら、

これは何ともったいないことかと思うのです。

 

今まで弓矢で狩りをしていた人が鉄砲技術を習得したとします。

すると今まで弓矢での狩りで培ったノウハウは全部、鉄砲猟に活かせます。

どこに獣がいるか、とか、山の地形とか、天気はどうなるとか、

狩りで必要な知識やスキルは鉄砲に変えても全部無駄にならず、

すぐに優れた鉄砲の狩人になれるでしょう。

狩人としての経験値が高い人ほど、鉄砲のスキルを身につければ、

その実力は何倍にもなって効果が発揮されるのです。

 

鉄砲のスキルを身につけるのは大変だと言っても、

狩人として今まで習得してきたことと比べれば何でもないことです。

狩人の経験値こそ何十年とかけねば身につかないもので、

それと比べれば鉄砲のスキルは「簡単」です。

逆に鉄砲のスキルがどれだけあったって、

狩人の経験値のない人はもう獣が捕れません。

 

譬えを用いたのでかえって回りくどくなったかもしれませんが、

一言でいえば、自分の伝えることは希少であり、

知れば喜ぶ人が必ずいる、という誇り、自信のある人なら、

年齢とか苦手とかごちゃごちゃ言っていないで、

早くネットを活用しなさい、と言いたいのです。

 

=======================

 

仏教を分かりやすく体系的に学べる全20回の無料メール講座です。
おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます。
登録解除もいつでも自由なので、一度お試しに覗いてみてください。

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。