お釈迦様は布施の行をする相手を三通り教えられており、
その一つが「悲田」です。
かわいそうな人、気の毒な境遇の人のことです。
そんな人を支えようと力を貸したり、財を施したり、
温かい言葉をかけるのは尊い布施行ですよと
教えられていることを2回にわたって話をしてきました。
「苦しんでいる人を支えようといわれても、
今、自分も苦しんでいるんだ、
こんな時に人のことまで考えておれるか」
とつい思ってしまうのが私たちです。
もっと経済的に余裕ができたら、
時間にゆとりがあれば布施もしよう、
今は自分のことで精一杯だというのが
ほとんどの人の思うことでしょう。
ところが仏教では
と説かれています。
経済的、時間的に乏しい人が布施(親切)するのは、
富んでいる人がするそれよりも素晴らしい、と教えられます。
財を持っている人であっても、布施行は簡単なことではありません。
自分のことなら使えても、人のためにはなかなか出せないものです。
「名利のために千金を投げ出すは、ひげをなでるよりも易く、
慈悲のために一銭を出すは、生爪はがるるよりも痛し」
と説かれている通りです。
ましてや自分も大変な中にあって、
人のために行動するのは大変難しいことです。
難しいことだからこそ、尊いことだと仏教では教えられています。
現在避難所生活では被災者同士、数少ないお風呂のチャンスを、
お年寄りや子供達を優先し我慢しているところがあると
報道されていましたが、
お互いが大変な中、支え合っている姿は、
釈迦の勧められる布施行の実践です。
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