【出世本懐】
■60歳で会社を定年退職すると、
突然、朝から夜まで予定がなくなります。
自由な時間が有り余るほどできる“余生”を、人は手にします。
そこではじめて“自己の存在の意味”について
考える人も多いようです。
■そんな余生を送る人に向かって
『あなたは何のために生きているのですか?』
と問うてみて、
『私は社会に役立つために生きています』
とはなかなか言えません。
現実はだんだんと役立たなくなるのですから・・
■社会に役立たなくなっていながら、
なおかつ生きているのはなぜか。
それこそが
『何のために生まれてきたのか』
『なぜ生きるのか』
『なぜ自殺してはいけないのか』
の真の回答に迫るものといえましょう。
■これは老後を迎えた人ばかりの問題でもありません。
下の言葉は以前仏法の話をした女子大生のメールの抜粋です。
「このさきもいくら頑張っても
人間関係に悩まされたり、
色々な障害にあうのであれば、
人生なんてテキトーにやって
テキトーに終わらせればいいや。
どうせ、満足する幸せなんてないんだから、
親が悲しまないようにさえすればいいやと(- -)/~~」
■自殺しないのは親が悲しむから、とするならば
親がいなくなれば、生きる根拠を失います。
子供に迷惑をかけるから、というのなら、
子供を失ったときに、生きる力を失います。
たとえ自分が死んで、困る人がいなくても
悲しむ人がいなくても、生きねばならないのはなぜか?
親鸞聖人の教えられる『人生の目的』はそこにあります。
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