親鸞に学ぶ幸福論

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自由という言葉の語源は仏教だった。その意外な意味とは。

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【自業自得(2)】


やりがいのない、つまらない仕事に不平を持ち、

会社をうらみ、上司を憎む人があります。

しかし今そういう立場でそういう仕事をしているのも、自分の選択の結果です。

その仕事、職場を選んだのは自分ですから、己のまいた種の結果です。

他の人がそうなっていないのは、その人がその仕事を選ばなかったからです。

そして今も自分がその仕事を辞めないでいるのも、

今まさに自らがそういう状況を自分で選択している結果です。

誰のせいでもありません。

 


それなのに会社や上司への不平が口癖になっているのは、

逆恨みもいいところです。

すべて自分のまいている種なのに、それを忘れているから、

そんな不平が口から出てくるのです。

 


会社に入ればその会社の規則や上下関係に縛られ、

家庭では干渉され、

国からも税金を徴収されたり、法律で規制されたりしますが、

そこに自分の人生の時間をゆだねているのは、

己が決めた選択の結果です。

嫌なら、そこから離れたらいいだけのことです。

離れたら離れたで、会社から毎月の給料はもらえず、

家族のふれあいやサポートはなくなり、

国民の権利はなくなりますが、それを覚悟してその道を進むのもその人の選択です。

 


本来「自由」という言葉は、仏教用語で、

【自らを由(根拠)とする】と読みます。

自分で決めて行動したのだから、

その結果、いかなる事態が引き起こったとしても

すべて「自分を理由にする」ということ。

自由に選んだ結果、何が起きてもその責任は自分にあります。

人になすりつけるものではありません。

 


「自由にさせてくれ、だけど責任は持たない」

そんなおもしろい自由はありません。

自由には責任が伴うのです。

 

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