親鸞に学ぶ幸福論

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生きる目的のない人生のぼんやりした不安

 

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【出世本懐(4)】

まずはこんな小話から。

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ヨーロッパ観光の名所

スイスのレマン湖のほとりで

スイス人が釣りをしていた。

しばらく見ていた日本人が

『何しているんですか』と聞いた。

『いや、魚を釣ろうと思って』

と答えると、

『釣れませんね。いっそ底網かけてバーッと捕ったら』

と日本人。

『底網かけて捕ってどうする』

と逆にスイス人が聞く。

『市場で売ればいいじゃないか』

『儲けてどうする』

『景色がいいからこの辺の別荘を買えばいい』

スイス人が『別荘買ってどうするの』

日本人いよいよ困って

『釣りでもしてればいいじゃないか』。

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こんな幸福論の破綻は世に満ちています。

 

たくさん魚を取る

市場で売って儲ける

別荘を買う

これらは、とりあえず今はこれを目指す、という当面の目標です。

人生の通過駅です。

終点ではありません。

 

だから、達成すると、必ず「それからどうする?」となります。

ふと気づくと、同じことの繰り返しであることにぼんやりした不安を覚えます。

まずは合格、次は就職、そろそろ結婚、と変化する生きる目標と

「生まれてきたのはこれ一つ」という人生の目的とは

まったく性質の違うものなのです。

この違いを知ることは容易なことではありません。

お釈迦様は生涯かけてこの違いを鮮明にされています。

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