親鸞に学ぶ幸福論

「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのか」はっきり示した、メールdeで学ぶ仏教教室です。無料メール講座が好評です。受講者4000人。

相手の表情や言動が気になって気になって仕方ない

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【自業苦(2)】


仏教では、自分の『業(行い)』が生み出す苦しみを

『自業苦(じごく)』といいます。

中でも私たちは『意業(心の行い)』に振り回されて、

苦しむことがよくあります。

 

「上司が素っ気ないな、嫌われているみたい」

「あの一言は何だろう、彼は私のこと、嫌いになったのかな」

と、ささいな相手の表情や言動が気になり、

いったん疑念や不安は思い始めると、

いつしかそう思い込むようになり、

やがて思い咽ぶようになります

 

人が少しも思ってもいないことを

「思っているに違いない」と思い込んで、

勝手に落ち込んだり、苦しんだり、恨んだりするケースは

少なくありません。

 

実際は、自分のことで精一杯ですから

他人のことまで、あれこれ考えている余裕はありません。

嫌いになったとしても瞬間的です。

その人も忙しくて、そんなことばかり考えておれません。

 

客観的に見れば、苦しまなくてもいいのですが、

ああでもない、こうでもないと悶々と苦しむのは、

まさに自分の心が生み出している『自業苦』です。

私を苦しめるのは、「あいつ」でもなければ「こいつ」でもない。

内なる自己の心なのです。 

 

「本当に考えねばならないことを後回しにして、

過ぎてしまえば何でもないことをあれこれ思い悩んでいるのは、

愚かなことですよ。

本当に今あなたが心をかけねばならないことに

全身全霊、集中しなさい」

仏教では教えられています。

人命が尊いというのなら、その根拠を教えてほしい

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【人身受け難し(1)】

 


もうすぐ終戦記念日です。

8月になると、原爆や戦争に関するニュースや映画が目に入り、

在りし日の戦争を日本全体が思い返します。

あの時期、人命は「一銭五厘の命」と言われました。

赤紙召集令状一銭五厘

「お国のため」と声高に叫ばれ、人命が軽視された時代でした。

 

8月15日玉音放送の朝にも「沖縄への特攻隊出撃命令」が

海軍・陸軍からでて戦闘機が飛び立ち、若い命を散らしたそうです。

終戦後に、自分の息子が8月15日に特攻で戦死した

との報を聞いた遺族は、どんな気持ちだったでしょう。

 

「お国のため」と国民を煽っていた政治家が、

戦争終われば一転、民主主義を高らかに謳い、

「人命は尊い」「人の命は地球より重い」

と言い始めました。

「アホらしい・・・。あの戦争は何だったんだろう・・」

多くの日本人が価値観の訂正を迫られたのです。

 

今日の社会では「人命は尊い」となっています。

「人の命は地球より重い」とも言われます。

しかし「なぜ尊いの?」「なぜ地球より重いといえるの?」

と聞かれて、その理由を明言できる人は、

果たしてどれだけいるでしょうか。

 

自殺する人は「私は尊いとは思えません」と

行動で主張しているようなものです。

「こんな人生ならさっさと終わらせたい」

という人の中で、実際に行動に移すのが自殺する人、

口でそういうことを言う人はその何十倍といましょうし、

口では言わなくても、心で思っている人は

さらに何十倍、何百倍になるでしょうし、

潜在的に思っている人も入れれば、

ほとんどの人が当てはまります。

 

「人命は尊い」根拠を皆知らず、

ただ言葉だけ飛び交っているだけだとしたら、

またいつか「○○のため」を美辞麗句に、

命を軽く扱う時代がやってくるでしょう。

 

 

仏教の説く自業苦(じごく)の実態

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【自業苦(1)】


カンボジアではタイの国境付近に、

今もポル・ポト政権時代の地雷が相当数埋まっており、

毎年200人~300人もの人たちが地雷を踏んで亡くなるそうです。

そんな危険地帯を歩けといわれたらどうでしょう。

一歩一歩がビクビクで、生きた心地がしないと思います。

 

人生でも、思いがけないところで、地雷を踏んで、

ひどい目に遭うことがあります。

渡辺謙の浮気発覚

・稲田元防衛相の失言騒動

・籠池理事長の不正発覚

これらの報道はすべて、自分で埋めた地雷を

自分が踏んで苦しんでいる事例です。

仏教ではこのような苦しみを『自業苦(じごく)』といいます。

自分の業(行い)が原因で自分が苦しみを受けるので、

『自業苦(じごく)』といわれるのです。

 

まだ地雷を踏んで暴発していなくても、

自分がせっせと埋めた地雷地帯を、今歩かなくてはならず、

ビクビクしている人はどれだけいることでしょう。

「浮気がばれるかも。何とか避けられないか」

「不正をあいつが言い触らしたらオレはどうなってしまうのか」

「あの失言、誰か公にしたらクビだろうな」

こういう不安におののいている人は、

人生の地雷地帯を、震えながら歩いている人です。

 

自分が埋めなければ、安心して歩けたのに、

自分で埋めといて、踏む怖さに震えているのですから、

その人もまだ踏んではいなくても、

今の状態が『自業苦』の真っ只中です。

やがて踏んで、さらに本格的な『自業苦』が始まります。

 

地雷を埋めないよう、日々の心がけから己を律していくことが、

結果的に、安らかでおびえのない人生へとつながっています。

 

 

白くして、白くして、それでも黒が残るかどうかだ

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【我慢(2)】


30代の女性が突然

「夫が別人と入れ替わり、自分を殺すつもりだ」と、

実家の両親や友人に訴えるようになり、

まもなく精神科病棟に入院した、という話を聞きました。

 

このような極端な思い込みはそうそうないですが、

日常生活でも、ろくに検証できていないことを

「間違いない」と思い込んでしまうことが

多かれ、少なかれ、どんな人にでもあると思います。

 

以下は、警視庁詰めの記者が先輩記者から受けるアドバイスです。

「先入観を持って事件に当たるなよ。

黒だなと思ったら白くするんだ。

白くして白くして、それでも黒が残るかどうかだ。

逆に白だなと思ったら、黒くするんだ。

黒くして黒くしてそれでも白が残るかどうかだ」

 

いったん自分の頭の中で、事件のストーリーがひらめくと

刑事ドラマの主人公になったかのような高揚感があり、

手柄心にあおられて、捜査も、聞き込みも、取材も、

そのストーリーに合わせよう、合わせようとしてしまい、

その結果、重大な証拠や証言を見逃してしまうのです。

これは誰でも犯す失敗だから、先輩から後輩へ

こうしたアドバイスが受け継がれるのでしょう。

 

ビジネスも同じことがいえます。

自分の考えついたビジネスモデルに固執してしまい、

そのアイデアを補強するような学説やデータの資料ばかりを集め、

周りを説得しているうちに、

そのビジネスモデルの問題点や欠点がわからなくなり、

欠点を指摘するような学説やデータは

無視、あるいは敵視するようになっていくのです。

 

しかも恐ろしいのは意識的に無視、敵視するのではなく、

無意識に耳をふさいでしまうことです。

だからビジネスも犯罪捜査同様、

「先入観を持ってビジネスに当たるな。

このビジネスはいけるぞと思ったら、問題点、リスクは何か、

よく考え、それでもいけるかどうかだ」

といえましょう。

 

仏教で教えられる煩悩の一つに『我慢』があります。

自分の考えを正しいと押し通してしまう自惚れ心です。

『我慢』は、どんなに冷静で知識豊富な人でも、

絶対になくならない心だと教えられています。

生涯、気をつけていかねばならないことといえましょう。

 

プリズム効果の危険性があるインターネット社会

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【我慢(1)】


池上彰が「ネット空間は上級者のメディア」と言っていました。

とんでもない誤報をつかまされる危険性があるから、

というのが、その理由だそうです。

何度も「裏をとる」本や新聞やテレビの情報と違い、

ネットの世界は玉石混交です。

最新の貴重情報もありますが、くだらないウソ情報も多く、

トイレの落書きでしか書けないような差別中傷も

まかり通っています。

何が玉で、何が石か、より分ける眼力が求められるから、

「上級者のメディア」なのでしょう。

 

インターネットの世界では

「プリズム効果」の危険性も指摘されるようになりました。

「プリズム効果」とは、特定のものだけが大きく見え、

他のものが見えにくくなることです。

新聞やテレビと違ってインターネットでは、

見たくない情報には触れずに済みます。

そして自分が知りたいことや自分の考えを補強する情報が

欲しければ、いくらでも見つけることができます。

SNSなら、自分の気に入らない意見はフォローを辞め、

自分の気に入る意見を発信している人だけフォローすれば、

自分と違う意見や考え方は、ネット上に存在していても、

なかなか目に入らなくなり、視野の狭い人間を生み出すのです。

 

その昔、カエサル

「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。

多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」

と言いましたが、現代社会はインターネットの出現により

カエサルの言葉はいよいよ重みを増しています。

 

仏教では私たちを苦しませ、悩ませる煩悩の一つに

「我慢」が説かれています。

今日では「忍耐」と同じ意味で使われますが、

本来の意味は【己の考えを正しいと押し通す自惚れ心】です。

「我慢」によって失敗し、苦境に陥る人が多い

と釈迦は説かれています。

インターネットの発達した現代に生きる私たちは、

特に「我慢」に気をつけなければならないのでしょうね。

 

 

自分は先見性があると思っている人も見落としている未来とは

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【生死の一大事(3)】

 


給料入った途端、全額パチンコに突っ込み、

全部遣ってしまったという人があります。

今月の家賃はどうするのか、も考えていない。

「つい熱くなってしまって・・」

っておい、それで済むかい。それでも大の大人か。

と言ってやりたくなるところです。

 

下町の工場の社長でも、今月、来月のやり繰りで精いっぱいで、

来年、再来年の展望まで考えられないという人もありましょう。

 

高校生ならばまずとにかく大学、と志望大学に入ることだけ考えて、

就職のことまで考えていないものです。

 

経営者やビジネスマンなら、どうしたら儲かるのか、は真剣に考えても

儲けた金をどうするか、の展望がない人が多いでしょう。

 

皆が「あれしなきゃ。これしなきゃ」と

目先のことに心を奪われています。

 

そんな中にあって一握りの先見性のある賢い人が

世界情勢の動きを予測して海外で資産管理したり、

マンションを子供名義にして税金対策したり、

10年先、20年先まで考えて行動しています。

 

しかしそんな先見性のある賢者も

見落としているものが「死ぬ」ということです。

「死ぬ時が来る」と聞くと、先過ぎる話とでも思っているのか

問題にもせず、したがって

「死ぬまでのやるべきことは何か」

という視点も持ちません。

 

シッダルタ太子(お釈迦様の仏になられる前のお名前)は

【死ぬ時がくる】と、真面目に己の人生の行く先を

見つめられた方です。

それは100%の将来であり、しかも遠い先の話ではない、

早ければ今晩にでもやってくる、と厳粛に受け止められました。

「世人薄俗にして共に不急の事を諍う」(釈迦)

「世の中の人は、目先のことばかりに心をうばわれて、

生死の一大事を知らない」

この一大事こそ仏教の出発点なのです。

 

日本の政治家に哲学はあるだろうか

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【生死の一大事(2)】


以下はフランスの哲学者パスカルの『パンセ』の一節です。

ーーーーーーーーーーー

人間は幸福であろうと願い、

幸福であることしか願わず、

またそう願わずにはいられない。

だがそれにはどうやったらいいのだろう。

それを上手くやるには、自分が死なないようにならねばならない。

しかしそれはできないので、そういうことを考えないようにした。

ーーーーーーーーーーー

 

フランスの高校では、文系の大学に進む学生は、

週8時間「哲学」の授業受けます。

日本にも「倫理」はありますが、選択科目で少しかじるくらいで、

ほとんどの人は勉強した自覚もないかと思います。

そこへいくとフランスは、哲学を週8時間!ですから、

すごい開きです。

 

フランスの高校生たちは授業で、先に述べたパスカルの言葉

「人間は幸福であろうと願い、

幸福であることしか願わず、

またそう願わずにはいられない」

といった言葉と向き合い、吟味し、議論しているのです。

 

さらにフランスでは、

高級官僚や政治家のほとんどを輩出する大学院の卒業条件に、

哲学論文の執筆が含まれています。

ある日本人がフランス人の知り合いに、

なぜ官僚や政治家に哲学の論文を課すのか、理由を訊いたところ、

「政治家の仕事というのは、良い社会を作ることにある。

社会が良いとは、人にとっての幸福とは何か、に関わるから、

当然じゃないか」

と答えたとのことでした。

 

これを聞いて思ってしまうのは

日本の政治家はどうなんだろう、ということです。

「幸福になるには、自分が死なないようにならねばならない。

しかしそれはできないので、そういうことを考えないようにした」

こういうパスカルの明察を聞いて、日本の政治家は何を思うだろう。

自分の意見はあるだろうか。納得するか、反発するだろうか。

それとも何とも思わないのだろうか。

こういう言葉に何も心が動かない、何も思わないような政治家に

あれこれ指図されたくないなと思います。

 

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