親鸞に学ぶ幸福論

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脳科学や心理学をどれだけ学んでも、やはり好転できない人間関係がある

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【業(ごう)(1)】


精神科医は「結婚すると豹変する人の心理的特徴」を述べ、

心理学の教授は「男女の嫉妬の違い」を解説し、

脳科学者は「イライラの発生」を分析してみせます。

それらの人の主張は、それはそれで正論に聞こえますし、

彼らの学説によって恩恵を被る人も多く、意義があるのでしょう。

ならば彼らの意見には耳を傾ける価値があるのでしょう。

 


しかしその精神科医が奥さんと上手くいかず離婚調停中だったり、

その心理学教授がライバルに嫉妬して陥れようとしたり、

その脳科学者が家族に怒りをぶつけて家庭を暗くしている、

ということがあるものです。

 


鋭い人間風刺で知られるラ・ロシュフーコーが

「人間一般を知ることは、一人一人の人間を知ることよりやさしい」

といっています。

 


精神科学、脳科学や心理学などの学問により、

現代人は人間の行動、考え方などの知識を身につけ、

人にまで話せるようになっていますが、

自らが日々直面している具体的な人間関係の悩みは、

少しも克服できないままでいます。

「わかっちゃいるけどやめられない」

知識や学問では解決できない人間の業(ごう)の複雑さを知らされます。

 

最澄や空海の教えと浄土真宗の違いとは

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【慈悲(1)】

 


今年の流行語大賞には選ばれませんでしたが、

政界、日本全体へ与えた影響という点でいえば、多大であり、

言葉の持つ影響力の強さを思い知ったのが、

小池都知事の発した「排除」という言葉でした。

実に冷たい、傲慢な響きのある言葉に、世論は敏感に反応しました。

小池旋風は急速に衰え、排除議員への同情、応援につながり、

野党一党は立憲民主党に取って代わられる結果となりました。

 


その昔、最澄が開いた比叡山も、空海の開いた高野山も「排除」の山でした。

彼らのみならず、日本の仏教は奈良・平安時代を通じて、

権力者の政治体制の安泰を祈るのが役目でした。

大仏で有名な東大寺は、国家を護るために時の天子が造った寺です。

奈良の興福寺も藤原家の繁栄を祈る寺でした。

比叡山の延暦寺も、京都に都を遷す際に、京の都を護るために創建されています。

いずれも支配階級である貴族のための寺であり、

極楽浄土へ往けるのは、戒律を守る修行僧か、寺に財物を寄進する貴族だけ、

とされていました。

肉を食べ、結婚生活する平民は、戒律を守ることはできません。

貧しくて寺に納める物もありません。

庶民は、最初から救済の対象から外れていた、いわば「排除」された存在だったのです。

 


そんな中にあって「それは決して真実の仏法ではない」と宣言されたのが

法然上人であり、親鸞聖人でした。

歎異抄に「阿弥陀仏の救いは老少善悪の人をえらばず」とあるように、

僧侶も在家の人も、老いも若きも、男も女も、

貧富の差も才能の差もなく、健常者、障がい者の違いもない、

全ての人がありのままの姿で救われるのが本当の仏教であることを、

法然上人と親鸞聖人は敢然と明らかにされたのです。

 


その教えは、天台・真言などの当時の日本中の仏教界を震撼させ、

やがてそれは法然・親鸞両聖人の流罪という「承元の法難」を引き起こしたのですが、

天台・真言などの仏教から見捨てられていた民衆にとっては、

両聖人の説かれる阿弥陀仏の本願は、どんなにこそ励まされ、

勇気づけられるものであったことでしょう。

 

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良い縁を引き寄せるために、今すぐできることとは

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【因縁(3)】

 


何年か前、ある女性芸能人が覚せい剤常習の男と結婚し、

自分も覚せい剤に手を染めるようになり、

ある日、夫婦そろって覚せい剤使用が発覚し、逮捕されるという事件がありました。

 


夫が覚せい剤常習者だった場合、奧さんがいくら手を出さないよう自制していても、

なかなか難しいのだと思います。

同じ屋根の下で寝食ともにする仲ですから、どうしても影響されてしまいます。

 


覚せい剤は再犯率が高いので有名ですが、

その女性芸能人は、絶対に再犯しないという自己の決意を貫くために

まず断行したことは、夫との離婚でした。

その後、出所した元夫は、再犯でまた逮捕されていますから、

離婚していなかったら、彼女自身も覚せい剤と決別することは

できなかったのではと思います。

 


このように、どんな人と結婚するかによって、人生は大きく変わります。

悪い縁を選んだら、どんどん不幸になってしまいますし、

良い縁を選んだら、次々と恵まれるようになっていきます。

そこでお釈迦さまは「良い縁を選べる人になりなさい」と教えられています。

 


では良い縁を選べる人になるにはどうしたらいいのか、

その方法をお釈迦さまはいろいろと教えておられますが、

今回はその一つ、「心施」を紹介しましょう。

「心施」とは“心を施す”と書き、

心から「ありがとう」と言うことです。

どんな人でも心がけ一つでできる言動です。

 


「こんなことに努めるだけで良い縁を選べるようになるんですか」

と思われるかもしれませんが、

パワースポット巡りやパワーがあるとされるブレスレットを身につけるよりも

ずっとずっと効果てきめんです。

 


ちなみに「心施」のポイントは「心から」というところです。

口先だけの「ありがとう」は、心施とはいいません。

では心からの感謝の言葉を発するにはどうしたらいいのか。

そのために一にも二にも大事なのは、

自分がどんなご恩を受けているのか、

周りの人から何をしてもらっているのか、

よく知ることが大切になってきます。

 


一度、自分は周りの人から何をしてもらっているのか、

紙に書き出してみてもいいでしょう。

 


ある20代の女性は周りの人にこんな思いをもっていました。

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父は、うざい
母は、うるさい
部長はえらそうだ
カレシは優しい
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ところがその彼女が「周りの人から何をしてもらっているか」

を具体的に紙に書き出してみたところ、こんな結果でした。

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父は、4年間、大学の学費を出してくれた
父は、アパートの保証人欄にハンコを押してくれた
母は、いつもお弁当をつくってくれる
母は、昨日、頼んだテレビ番組を録画してくれた
部長は、希望のポストに異動させてくれた
部長は、昨日から、うちの課のバイトを1人増やしてくれた
カレシは1年前から、私に、金を借りている。
カレシは私の誕生日に、私に金を借りている
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彼女は書きだしてみたその一枚の紙で、

自分が心から「ありがとう」と言うべき人は誰か、を知りました。

さらにメモに書いたそのわずか数分の時間で、

自分の本当に大事にしなければならない縁は何か、

選んではならない縁は何か、わかったそうです。

本当にありがとうと感謝すべき人が分かると、

自分が選ぶべき縁も自ずとわかってくるのです。

 


また「心施」に心がける人は、自分が良い縁を選べるだけでなく、

良い縁が向こうから近づいてきます。

心から「ありがとう」と言う人は、好かれ、愛され、大事にされます。

ちょうど香りの高い花に、蝶や蜂が集まってくるようなものです。

花の方から蝶や蜂を追いかけなくとも、

香りを放つ花には、蝶や蜂の方から集まってくるように、

良い縁に恵まれるようになるのです。

 

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プロポーズされたとき、一番考えなければならないこととは

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【因縁(3)】

 


29歳の女性の方から、こんなお尋ねがあったことを先回お話ししました。

======
最近、プロポーズされました。
仕事も辞めたかったのと、年齢のこともあり、ホッとうれしい思いもあった反面、
本当にこの人でいいのか、後悔しないかと躊躇する自分がいます。
それから2週間、幸せな気持ちになれず、
「これでいいのかな、でもこれを逃したら‥」と悩む日が続いています。
友達に相談すると、「迷いがあるなら止めた方がいい」と言う人もあれば、
「完璧にぴったりの相手はないし、あの人はいいよ」と言う人もあり、
迷いが深まるばかりです。
よければアドバイスお願いします。
======

このお尋ねに仏教の見地からお話ししようとしています。

今日は2回目です。

 


人間は、付き合う人(縁)によって、幸せにも不幸にもなる存在だと

お釈迦さまは説かれています。

ならば、どんな人と縁を深めればいいのか、

どんな人とは縁を遠ざけるべきなのか、

その選択を誤らないことこそ、幸福の鍵となります。

 


特に結婚は今後の人生を共に進む人生の伴侶とのご縁なので、

みな選ぶにあたって真剣でなかったはずはないのですが、

それでも失敗する人が相当あります。

 


先回ご紹介した500人の既婚女性への雑誌アンケートの結果によれば

=======
「旦那選びを間違えた」53.8%
「生まれ変わったら今の夫と結婚したくない」57.8%
=======

とほぼ半分が後悔しています。

選択ミスをしてはならないと真剣であったはずなのに、

選択ミスをしてしまうのですから、難しいです。

古今東西の人類を悩ませ続けてきた人類挙げての問題の一つといえましょう。

 


中には、夫のDV(家庭内暴力)と浮気で、地獄の生活を送る人もあります。

そんな時、奧さんは

「何で私だけがこんな目にあうの?」

「あいつのために、わたしの人生、めちゃくちゃにされた」

と恨みますが、そんな粗暴な男がどれだけいても、

その男と結婚さえしなければ、

奧さんはこんな目にあうことはなかったのですから、

「何で私だけがこんな目にあうの?」

の答えは、やはり

「あなたがその男を選んだから」

の一言です。

 


世の中にはたくさんの男がいます。(35億♪)

その女性の前にも、何人もの男性が現われたはずです。

その数ある男性の中から、

「私はこの人と一緒になる」

と選んだのは誰か?

もし違った人を選んでいたら、こんなことはおきなかったのです。

選んだ自分に原因があります。

 


「ではDV(家庭内暴力)と浮気で家族を泣かせるこの男は悪くないのか」

という声が聞えてきそうですが、もちろん悪くない筈がありません。

その男は「悪い縁」なのです。

当然その男はしかるべき処罰を受け、更正してもらわなければなりません。

そんな男を放置していたら、今後も被害者が続出しますから、

そうならないよう、社会全体でなんとかしなければならないでしょう。

 


しかしこんな暴力男がどれだけいても、自分が選びさえしなければ、

自分に、今のような不幸な運命はおきなかったのです。

どこかでその男が暴れていたとしても、

結婚さえしていなければ、どこかで暴れているというだけで、

自分には関係なかったはずです。

やはり自分の選択が自分の運命を決めたのです。

 


では、誰と結婚したらいいのか、このプロポーズを受けるべきかどうか、の際、

正しい選択をするにはどうすればいいのでしょう。

それについてお釈迦さまは「良い縁を選べる人になりなさい」と教えられています。

「良い縁を選べる人になれといわれても、そうなれなくて困っているのに」

と私たちは思いますが、

仏教では「良い縁を選べる人になるために今自分がなすべきことは何か」

を説かれていますので、次回お話しいたします。

 

結婚相手を選ぶのにかなり真剣だったのに、それでも失敗する人とは

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【因縁(2)】

 


29歳の女性の方から、こんなお尋ねがありました。
(匿名のため、一部、変更しています。)

======
最近、プロポーズされました。
仕事も辞めたかったのと、年齢のこともあり、ホッとうれしい思いもあった反面、
本当にこの人でいいのか、後悔しないかと躊躇する自分がいます。
それから2週間、幸せな気持ちになれず、
「これでいいのかな、でもこれを逃したら‥」と悩む日が続いています。
友達に相談すると、「迷いがあるなら止めた方がいい」と言う人もあれば、
「完璧にぴったりの相手はないし、あの人はいいよ」と言う人もあり、
迷いが深まるばかりです。
よければアドバイスお願いします。
======

こういう悩みを抱えている方は多いのでしょう、時々受けるお尋ねです。

ただ私にアドバイスしてくれとといわれても、

結婚相手がどんな人かによって、アドバイスは大きく変わります。

また相談されてるこの方がどんなお気持ちなのか、によっても

アドバイスは変わります。

プロポーズを受けるべきかどうか、今の私の情報量で

この方に「イエス」とも「ノー」とも無責任に答えられません。

 


それでもアドバイスできることがあるとしたら、

友達の意見はよく聞いた方がいいと思います。

この方が相談されている友達は私よりも、

相談者の気持ちと結婚しようとしている彼の言動を知っていて、

アドバイスするのでしょうから、その意見は傾聴に値します。

 


しかしこの方が言われるには、友達の意見も両方あるとのこと、

そうなると迷われるのもわかります。

友達全員「あの人だけは止めとけ!」と言われたのなら決めやすいです。

あるいは「あんないい人いないよ、あなたを幸せにしてくれるよ」と

みんなが勧めてくれる人なら、また決めやすいです。

この方の場合は、友達の意見も「迷いがあるなら止めた方がいい」と言う人と

「完璧にぴったりの相手はないし、あの人はいいよ」と言う人もあるそうなので、

そうなると難しいところです。

 


ここで紹介したいデータがあります。

ショック受ける人もある「閲覧注意」のデータです。

総務省「国勢調査」のデータですが、

=======

30~34歳で結婚した人の割合は31.3%、
35~39歳で結婚した人の割合は10.8%。

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35歳を過ぎると結婚した人の割合が、

ガクッと落ちることが分かります。

40代に入ると、結婚した人の割合は、怖すぎて公表できません。

 


こう聞くと、チャンスはそんなにやってこないことがわかります。

ならばここは思い切って結婚した方がいいのかな、とも思いますが、

一方でこんなデータもありました。

500人の既婚女性への雑誌アンケートの結果です。

=======
「旦那選びを間違えた」53.8%
「生まれ変わったら今の夫と結婚したくない」57.8%
=======

このパーセントを多いと思うか、少ないと思うかは人それぞれでしょう。

この旦那を選んでよかった、生まれ変わっても今の夫と結婚したいという人が

半数近くいる、ということですね。

半分は成功、半分は失敗、となると、

その半分には入れるかどうか、悩むのは当然です。

コーヒーにするか、紅茶にするか、という問題ではないですからね。

人生がかかっていますから。

 


さて、私は仏教の講師ですから、、

「お釈迦さまはこのような悩みにどう教えられているか」

をお話しするのが、任務です。

おそらくこの方も、仏教の見解が聞きたいと思われて、私に尋ねられたのでしょうから、

私もこの相談者の方とパソコンの無料通話で1時間弱お話しした内容を

次回からのメルマガで簡潔にお話しできればと思います。

 


A「旦那選びを間違えた」となるか

B「生まれ変わっても今の夫と結婚したい」となるか

(1)AとBの差は何によってその差ができるのか

(2)どうすればBになれるのか、

この二つを次回お話しいたします。

 

「なんで私の親はこの人なんだろう」「なんでこの子は私の子として生まれたんだろう」

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【因縁(1)】


「子供は親を選べない」とはよく言われますが、

「親も子供を選べない」とも言えます。

夫婦はお互いが選んで一緒になった仲ですが、

親子の仲は、深い過去世からの因縁によって生じます。

 


しかもこの運命的な出会いで始まった親子関係からは、

何人も逃れることはできません。

夫婦なら離婚すれば関係は解消ですが、

血を分けた親子の関係は、生ある限りずっと続きます。

そこに自由意志による選択の余地はありません。

離婚で親権を失うとか、勘当したとか、

何かの事態で二度と顔を見ない間柄になっても、

「あの人は私の親」「あの子は私の子」という関係は揺るぎなく、

両者は因縁という太い絆で生涯くくりつけられ、

常に忘れ得ぬ存在として有り続けます。

 


夫婦の愛は、裏切られると憎しみに転じることがありますが、

親が子に向ける愛情は、決して憎しみに転じることはありません。

親は子供に何度泣かされても、背かれても、子供のことが気にかかります。

たとえ子供が国民満場一致で死刑になるような犯罪を犯したとしても、

親だけはその子のために泣いてくれています。

親の慈悲は人間の心の中でもっとも崇高なものといえるでしょう。

 


だからでしょう、子を亡くして悲嘆にくれる親の姿は、

人生における最も悲劇的なものです。

「死んだ子の年を数える」ということわざは、

今さらどうにもならないことなのに忘れられない、

やるせない親心を表しています。

 


また親子は徐々に立場が変っていく存在でもあります。

最初は子供にとって、親は絶対者です。

子が成長するにつれ、次第に対等に話し合う仲になり、

ついには食事や排泄も子供の世話になる時がきます。

 


かくの如く、親子というのは、各人の人生のさまざまな絆の中でも、

強い影響を与え、さまざまな感情も交錯する、

もっとも古く、もっとも太い因縁で結ばれている相手といえましょう。

「親は親の業(カルマ)で、その子を子として持ち、

子は子の業(カルマ)で、その親を親として持ったのだよ」

と釈迦は教えられています。

どんな深い因縁があったのでしょうね。。。

 

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2000年以上にわたって語り継がれるローマの英雄スキピオの言葉に仏教を見る

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【諸行無常(1)】


仏教に『諸行無常』という言葉があります。

『諸行』とは、すべてのもの。『無常』とは、続かないこと。

この世の一切は続かない、移ろい変わっていく、ということです。

 


いま私は自分の家でパソコン使ってこの文章を書いていますが、

このパソコンも5年目だし、そろそろ壊れるかもしれません。

このパソコンを置いている机もやがて壊れます。

この家自体、やがて崩れるのだし、

こう話している自分自身の肉体もいずれ失うのだし、

地球だって、太陽だって滅びる、一切は無常です。

 


大切にしているもの、支えにしているものも例外ではありません。

周りを見渡せば、

子供を失って悲嘆に暮れる人、

妻を亡くして虚脱の人、

事業に失敗して絶望する人

みな大切な明かりを失って、諸行無常の現実を前に苦しんでいる人たちです。

 


しかも私たちは崩れた時に、はじめて苦しむのではありません。

崩れる前から、やがて失うかもしれないという予感が

心に暗い影を落とし、苦しむのです。

彼氏の一挙手一投足に

「あの一言は何だったんだろう、気持ちが冷めたんだろうか」

と動揺し、

朝起きたときに感じた鈍痛に

「この痛みは、ひょっとして病気の再発では」

と怯え、

取引会社の意味深な言葉に

「もしかしたら他の会社に乗り換えようとしているのでは」

と心がざわついています。

 


古代ローマ共和国の将スキピオの言い遺した言葉で、

西洋で2000年以上にわたって語り継がれる有名な言葉があります。

その言葉が有名なのは、諸行無常の悲哀がこもっており、

人の心を打ってきたからです。

700年にわたって地中海の覇者だった都市国家カルタゴがスキピオに滅ぼされ、

カルタゴの都が火に包まれるのを見つめていたスキピオが

はらはらと涙を流して言った言葉です。

「今われわれは、かつて栄華を誇った国の滅亡という、

偉大なる瞬間に立ち合っている。

だが、この今、わたしの胸に占めているのは、勝利の喜びではない。

いつかわがローマも、これと同じときを迎えるであろうという哀感なのだ」

 


スキピオが感じた哀感を、仏教では「無常観」といいます。

「無常を観ずるは菩提心の一なり」

今手にしている支えや明かりも、やがて失うことがあるのを

予感して感じる不安、虚しさ、寂しさに

まじめに目を向けるのが仏教です。

 

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