親鸞に学ぶ幸福論

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プレゼントをした時に『ありがとう』の一言がないと腹が立つ。布施をする心とは【三輪空(1)】

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「手作りのクッキーを娘が焼いたんで

隣の家におすそ分けと娘に持って行かせたけど、

翌日、隣の家の○○さん、私と庭先で顔合わせても

ありがとうの一言もないのよ。」

とぼやいている奥さんがいます。

  

「こんな思いするくらいなら、持ってゆかねばよかった」

「そうだ、あんな人に持ってった自分が悪かったんだ。」

と独り合点している。

  

それでも後日

「あァ、こないだのクッキー、固かったでしょう?ごめんなさいね。」

と、みえみえの礼の催促を始めます。

 

どこにでもあるような風景ですが、この奥さんだけでなく、

人に親切したときに私たちは

どうしてもお礼を期待する心が出てきます。

  

だから相手がうっかり〝ほめもせず〟〝感謝もしない〟と

とたんに腹が立ってくるのです。

  

こんな時に多くの人は

「持って行かねばよかった」

と思ってしまいがちですが、

お釈迦様は、それは間違いだよ、と説かれています。

 

「持っていく」こと自体は、

『布施』といって仏教では善行の一つに数えられています。

 

焼いたクッキーを全部一人で食べたいところ

食べてしまわずに

「このクッキーどうぞ」

と人にあげるのは布施の実践であり、

その行為はしあわせになるタネです。

 

ともすれば私たちの心は

「~してくれ」の要求ばかり出てきます。

本性は欲の固まりだから。

つい何かと「~してくれない」と不平ばかり

職場の上司や部下、家族などににぶつけてしまします。

  

その心を回れ右と切り替えて

この職場で自分のできることは何だろうか。

どうすれば家族が明るく笑顔に暮らせるだろうか。

与えることのみを考えてみたらどうでしょう。

きっと自分の心も明るくなり、

周りの状況も好転していくことでしょう。

それは『布施』という、

しあわせの花が咲く種まきだからです。

 

クッキーを持っていくこと自体が

その人を不幸にしたのではありません。

それはいいことです。

クッキーのお礼を相手に求める心が問題だったのです。

 

ここにお釈迦様は

『見返りを期待する心を忘れなさい。』

と三輪空を教えておられます。

 

 

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