親鸞に学ぶ幸福論

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少年ジャンプの続きが気になるから、とりあえず来週までは生きようと思っていた【信心(2)】

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「信心」と聞きますと、

特定の神や仏を信ずることだと

思っている人があります。

 

「あなた、何か信心しているものがあるでしょう?」とは

「何かの宗教に入っているでしょう?」

という意味でつかわれます。

 

実際どの宗教でも「信心」「信心」と言われます。

 

しかし考えてみれば

人は何かを信じなければ

一時たりとも生きていけないのです。

 

待ち受け画面を奥さんと子供の写真にしている友人が多いですが、

「頑張らなきゃ」と励みにしているのでしょう。

それは【家族信心】です。

 

晩酌が楽しみで生きているようなもんですわ、という人は

晩酌を力に、嫌なことも乗り越えているのです。

もしその人から晩酌を奪ってしまったら、

生きる力を失ってしまうでしょう。

これは【晩酌信心】とも呼びましょうか。

 

以前ある大学生が

「人生嫌なことばかりの繰り返しだし、

 つまんないので

 ずっと死にたいと思っていました。

 ただ少年ジャンプのあの漫画の続きどうなるのかな、と

 それが明かりで、とりあえず月曜日まで生きよう、と。

 それをつなぎ合わせて

 今まで生きてきたようなもんです。」

と聞いたことが思い出されます。

 

絶句しますが、案外こんな人は少なくないかもしれません。

 

人間、生き抜くにはどうしても生きる明かりが必要です。

 

海におぼれたら

何か浮いている板切れや丸太に必死にしがみついていきますが、

なんでもいい、

とにかく何かにすがりつかないと、

波が苦しくてつらくって泳げていけないように、

私たちは何か信じる明かりがなければ

生きていけない存在なのです。

 

 

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