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親鸞に学ぶ幸福論

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釈迦の説く「迷信の温床」とは

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【鬼神(2)】


昨日、案の定と言いますか、

日本神道の信仰について話したところ、

反響が大きく、

いただいたご質問にお答えする内容を書きたいなと思い、

今日も話を続けたいと思います。

 

 

私が中学生の時、友人に勧められ、

霊について書かれている本を読んだことがあります。

そこには、守護霊だの、地縛霊だのいろいろあって、

先祖が守護霊になっていて、その霊に力があれば、幸運に恵まれ、

守護霊に力がないと、不運に見舞われる、と書かれてあり、

しかも守護霊は人生の中でも、変わることもあるとありました。

私は中学2年から3年にかけて、嫌なことが続いていたので、

「これはオレの守護霊、最近変わったんじゃないの」

と読みながらふと思ったものです。

 

そのままいつの間にか守護霊のことも忘れ、

大学生となり、仏法を聞くご縁に恵まれ、

先祖の霊が幸運や不運をもたらすという信仰を

仏教では鬼神信仰といわれ、

迷信と釈迦が断定されていることを知りました。

 

私が中学の時、そんな本を読んでものめり込まず、

守護霊がそんなに気にならなかったのは、

そこそこ私の人生が順風満帆だったからだと思います。

もし不幸な運命が次々とやってきて、

「なんでオレばかりこんな目に」と苦しんでいたなら、

真剣に「地縛霊かも」と恐れたり、

守護霊と仲良くする呪文をひそかにつぶやいていたかも知れません。

 

「溺れる者はワラをもすがる」

不幸な運命に翻弄され、苦しいと、何の根拠もない、

つまらぬ迷信にも、すがってしまう、弱い存在が人間だから、

迷信の犠牲者も後を絶たないのです。

 

またそんな弱い心をつけこむように、

「あなたの運が悪いのは、実はかくかくしかじかで・・」

とまことしやかにすり寄って、

悪霊退散の祈祷だとかなんとかと、金を取っていく輩がいるので、

気を付けなければなりません。

 

仏教では一切の運命は、己の業(行為)によって生じると

一貫して説かれており、これを「因果の道理」といいます。

「まかぬタネは生えぬ 

 まいたタネは必ず生える 

 刈り取らねばならぬ一切は自分のまいたものばかり」

ということ。

そこに、私たちの迷った考えが一切入る余地がなく、

自業自得を徹底して明らかにされていることに驚きます。

 

幸福な運命が来たときには、仏教をうなづけるものです。

成功したのは、日ごろ頑張っているからだ、と思い、

「まいたタネは生えるなぁ」と因果の道理を納得し、

自分の腕を誇ります。

 

ところが不幸な運命がやってきたときに、

とたんに仏教をはねつけます。

失敗したときに、己の日ごろの行為を反省できる人は

なかなかいないものです。

「上司のせいだ」「部下のせいだ」「親のせいだ」

「夫のせいだ」「妻のせいだ」「子供のせいだ」

「社会のせいだ」「政治のせいだ」と恨んでいます。

 

誰が悪くて、こんな運命が自分に来たのか、

よく分からないときは、犯人捜しをはじめます。

それでも犯人らしきものが見つからないと、

「なんでオレだけがこんな目に。おかしい、おかしい」と思い、

そんな時に「霊のたたりだ」「先祖が泣いているからだ」と聞くと、

「そうだったのか」と飛びつくように信じ込んでしまう。

 

悪い運命が来たときに、

どうしても自分の行為を反省できず、己の姿を見つめられず、

自分以外の誰かに苦しめられているとしか思えない、

その心が迷信の温床だと、お釈迦様は説かれています。

 

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