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親鸞に学ぶ幸福論

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仏教で「出世した」とは、どんなことなのか

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【出世本懐(2)】


出世本懐(しゅっせほんがい)とは仏教の言葉です。

出世、とは今日で使われるような

「彼は部長に出世した」というような意味ではありません。

この世に出てくる、ということで、

この世に生まれてきた、ということです。

 

私たち一人一人、この世に生まれてきて、今、生きています。

先回に引き続き、人生、を一つの部屋に例えます。

私たちはこの部屋のドアを開けて入ってきた時がありました。

誕生の時です。

もちろんその時のことは覚えておらず、

物心ついたら、すでにこの部屋の中にいたということなのですが、

昭和○年○月○日にこの部屋にお前は入ってきたのだよ、

と親から教えられました。

その日にこの部屋に入ってきて、今もこの部屋にいるのです。

しかし、この部屋にはいつもでも居続けることはできません。

誰しも、いつしかこの部屋を出ていかねばならない時を迎えます。

「死ぬ」ということです。

 

入ってから出るまで、人によって長短あれども、

この部屋にはみな限られた期間しか滞在できません。

それが人生です。

 

考えてみると、私たちはどこから来たのかわからず、

この部屋の中に入ってきました。

そしてしばらく部屋の中で

何かを手に入れて笑ったり、失って泣いたり、

悲喜交々のドラマを演じて

やがてひとりぼっちでこの部屋を出て行くのです。

出て行った先はどうなっているのか、これもわかりません。

 

どこから来たのかもわからず、

どこへ行くのかもわからない、

わかっているのは、今は人間として生を受け、

ここにいるという事実です。それが私たちです。

 

本懐とは、今日でも「本懐を遂げる」とか

「男子の本懐」とか使われます。

本当の願い、本当の目的ということです。

「出世本懐」とは、この世に生まれてきた本当の目的

人生の目的ということです。

私たちは何のために生まれ、何のために生きているのか、

なぜ苦しくても生きなければならないのか、ということです。

 

先ほどの部屋の例えでいうと、

何のために人生という部屋に入ってきたのか、

ということです。

みなさんは考えられたことはありますでしょうか。

 

ふつうは目的があってその場所に入るのです。

カラオケルームならカラオケするため、

床屋なら散髪のため、

目的があってその部屋に入るのです。

では私たちは人生という部屋になぜ入ってきたのでしょうか。

 

いや、気づいたら入っていたんだ、別におれの意思ではないよ、

といわれるかもしれません。

人間に生まれてきた意味もわからず、生まれてきた、

という点で、確かに床屋に入るのとは違うでしょう。

ではなぜ今もこの部屋に居続けるのでしょう。

何を成すためにあなたは、人生という部屋にいるのでしょうか。

ここではいろいろなことをすることができます。

勉強する、仕事する、家庭を持つ、子育てする、

マイホームを建てる、いろいろありますが、

これ一つ成し遂げるために私は生まれてきた、今生きている、

これ一つ果たしたらいつ人生を終えても大満足、

というものはありますでしょうか。

 

この部屋は苦しいことも多いのです。

決して鼻歌交じりで楽しく過ごせるところではないのはわかります。

そんな部屋になぜ居続けるのでしょうか。

こんな苦しいならいっそのこと出てしまいたい、という時でも

居続けているのは、何を成し遂げるためなのでしょうか。

これが「出世本懐」「人生の目的」ということです。

 

この出世本懐を成就した時、

「人間に生まれてよかった」

「生きてきたのはこのためだったのか」

「いつ死んでも大満足」

と生命の歓喜を味わうことができるのです。

 

私たちも仕事や家事に追われ、忙しい日常を送っておりますが、

時に足を止めて、「私の出世本懐とは何だろうか」

静かに振り返って見られてはいかがでしょうか。

 

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