親鸞に学ぶ幸福論

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観音菩薩とは、どんな菩薩なのか

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【慈悲(1)】


仏教に『慈悲』という言葉があります。

『慈』とは、「抜苦(ばっく)の心」

苦しみを抜いてやりたい、という心です。

『悲』とは、「与楽(よらく)の心」、

喜んでほしい、楽しませたい、という心です。、

苦しんでいる人を放っておけず、

その人に何とか笑顔になってほしいと念ずる心を

「慈悲」というのです。

 

慈悲の深い女性に「あの人は観音様みたいな人」といいますが、

観音様とは観音菩薩のこと、

観音菩薩とは、阿弥陀仏の慈悲を象徴する菩薩です。

「観音」とは「世の音を観る」ということで、

衆生の苦悩の声を聞く、という意味です。

人々の憂い嘆きの声に耳を傾け、

相手の苦しみに「わかる。わかる」と共感し、ただ聞く、

それが「観音」という意味です。

 

相手の悩みを真剣に聞くことが、

時には、あれこれアドバイスするよりも

相手を救うことになります。

解決策をいわなくてもいい、

聞いてあげるだけで、人は安心します。

一生懸命、相手の悩みを聞くと

「聞いてもらえた、知ってもらえた」と満足します。

しゃべるだけが人を救うのではありません。

相手の悲しい愚痴話を、相手の立場に立って、

一言半句逃さず親身に聞くことで、

その人の苦しみが相当軽くなるのです。

 

その時は、いい加減に相づちを打ったり、

面倒そうに聞いてはいけない、

相手の苦しみに寄り添って、真剣に聞くのが大事だと言われます。

 

誰も愚痴話は、聞きたくないものです。

別に儲かる話でもなければ、勉強になる話でもありません。

自己の境遇を恨み、人を責める愚痴話は、

聞いているだけで、気も滅入りますし、イライラもします。

しかも同じ話ばかり繰り返すので、普通はうんざりするものです。

そんな話を親身に聞き続けるのは

よほど慈悲深い人でなければ、できないことといえましょう。

「何回も言わずにおれないほど苦しいのか、

オレも同じ立場なら何度でも言わずにおれなくて、

繰り返すだろうな」

とイライラする己の心を叩いて、

心からその人の苦しみに寄り添って、親身に話を聞く、

それは仏教で説かれる「慈悲」の実践であり、

「観音菩薩」の名の由来です。

 

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