親鸞に学ぶ幸福論

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仏教は『自分とは何者か』をズバリ答えた鏡のような教え【法鏡(1)】

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仏教は「私とは何か」に迫る教えです。

『法鏡』といわれる所以です。

 

 

「私とは?そんなもん。。。

 自分のことくらい自分が一番よく知ってるさ。」

と一蹴する人もあるかもしれません。

 

 

「別に他人に聞かんでも自分のことでしょ?

 自分以上に知っている者がいるかい。」

と言いますが、

果たしてそう言い切れるものでしょうか。

 

 

『無くて七癖』ということわざがあります。

癖の無い人だといっても七つは癖があるということです。

 

 

自分の癖は人に指摘されなければ気が付かないものだと

私もつくづく感じます。

 

 

先日私も自分の講義に立っている姿をユーチューブにアップしようと思い立ち、

録画して一度自分で見てみたのですが、

軽いショックを受けました。

「なんだ、この話し方は!?」

「おい、こんな顔してたんか~。」

思わず下を向いてしまいました。

 

 

とにかく変な癖が気になるのです。

初めて知る自分の変な癖、

年に100回以上講義に立ちながら

まったくわかっていなかったのです。

 

 

話しているときはそんな癖には全く気付かず、

本人はいたって絶好調なんですが、

録画を通して客観的に見てみるといくつも発見しまして

へこみましたが、いい勉強になりました。

 

 

文章も上手な人に見てもらうと強烈なダメ出しを受けます。

「どこが悪かったんだろう。」と分からなくて

そこから文章の技術を学んでいくと

至らぬところがだんだんわかってきます。

 

 

少しづつ向上していき、

あとになって当時ダメ出しされたその時の文章を読み返すと

とても読めたものではないと苦笑させられます。

 

 

人のことならすぐわかるのです。

しぐさでも、文章でも気になるところは指摘できます。

ところが自分のことは言われるまでわかりません。

いや、言われてさえなかなか認められません。

 

 

これはどんなに洞察力が鋭い人でもそのようです。

 

 

ずっと新入社員の研修に携わってきたある会社の部長、

研修中3か月でその社員の適性や性格を見極める凄腕で、

さらには「こいつは女で失敗するな。」と、

その人の陥りやすいところまで見抜くと言います。

 

 

ところがそんな切れ者の部長が

最近女のことで失敗して左遷させられた、と聞くと

「なんであの人が」と驚きますが

自分のこととなるとわからないものです。

 

 

【目、目を見ることあたわず

 刀、刀を切ることあたわず】

 

 

どんなに視力のいい人でも目そのものを見ることができないように、

正宗のようなどんな名刀でも、その刀自身を斬ることはかないません。

 

 

同様にどんなに人を見抜く慧眼の持ち主も

自分のことについては見抜けないものなのです。

 

 

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