親鸞に学ぶ幸福論

「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのか」はっきり示した、メールdeで学ぶ仏教教室です。無料メール講座が好評です。受講者4000人。

何があっても生きねばならない理由とは

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【出世本懐】


■60歳で会社を定年退職すると、

突然、朝から夜まで予定がなくなります。

自由な時間が有り余るほどできる“余生”を、人は手にします。

そこではじめて“自己の存在の意味”について

考える人も多いようです。

 

■そんな余生を送る人に向かって

『あなたは何のために生きているのですか?』

と問うてみて、

『私は社会に役立つために生きています』

とはなかなか言えません。

現実はだんだんと役立たなくなるのですから・・

 

■社会に役立たなくなっていながら、

なおかつ生きているのはなぜか。

それこそが

『何のために生まれてきたのか』

『なぜ生きるのか』

『なぜ自殺してはいけないのか』

の真の回答に迫るものといえましょう。

 

■これは老後を迎えた人ばかりの問題でもありません。

下の言葉は以前仏法の話をした女子大生のメールの抜粋です。

「このさきもいくら頑張っても

 人間関係に悩まされたり、

 色々な障害にあうのであれば、

 人生なんてテキトーにやって

 テキトーに終わらせればいいや。

 どうせ、満足する幸せなんてないんだから、

 親が悲しまないようにさえすればいいやと(- -)/~~」

 

■自殺しないのは親が悲しむから、とするならば

親がいなくなれば、生きる根拠を失います。

子供に迷惑をかけるから、というのなら、

子供を失ったときに、生きる力を失います。

たとえ自分が死んで、困る人がいなくても

悲しむ人がいなくても、生きねばならないのはなぜか?

親鸞聖人の教えられる『人生の目的』はそこにあります。

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