読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

親鸞に学ぶ幸福論

「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのか」はっきり示した、メールdeで学ぶ仏教教室です。無料メール講座が好評です。受講者4000人。

旧約聖書にあるカインとアベルの話を仏説から紐解いてみる

f:id:kikuutan:20170228150157j:plain

 

【愚痴(3)】


仏教で三大煩悩の一つに数えられる愚痴(ねたみ、そねみの心)

について話を続けています。

先回、ねたみの心は身近な人に対して起きる、と話しをしましたが、

そういう点からすると、兄弟は物心つくときに最初に感じる

ねたみ、そねみの対象かもしれません。

兄弟が仲違いするのも、その原因の多くは「ねたみ」です。

親は兄ばかりかわいがって、妹ばかりかわいがって、と

嫉妬で兄弟仲が悪くなる例はよくあります。

今日はその一例で、カインとアベルの兄弟の話を紹介しましょう。

 

キリスト教の聖書に書かれる人類初の殺人は、

アダムとイブの間に生まれた兄弟、

兄カインによる弟アベルの殺害です。

事のいきさつですが、ある日二人が神ヤーヴェに捧げ物をした。

農夫であるカインは収穫物を、羊飼いのアベルは子羊を捧げたが、

ヤーヴェはアベルの供物を喜び、カインの供物を無視した。

「なんであいつばかりが評価されるのか、

オレだって苦労したのに」

と嫉妬にかられたカインは、アベルを殺してしまいます。

このことを知った神は大変怒り、

苦難の地にカインを追放した、という話です。

 

この話を子供の時に聞いて、子供心にも

「ずいぶんお粗末な神だな」と思ったものです。

自分の子供が親の誕生日に手作りのプレゼントをくれた時、

たとえ兄のプレゼントは、下手で貧弱なもので、

弟のプレゼントは親にとってもうれしいものだったとしても、

二人の心を思えば、兄にも弟にも感謝の言葉をかけ、

うれしさを表わさなければならないでしょう。

二人とも一生懸命作ったのだから。

親の評価を何よりも子供にとって明かりなのだから。

それが当然であり、そうするのが普通の親です。

弟のプレゼントだけ喜んで受取って、

兄のプレゼントは無視して受取らないとなれば

親としてあまりにお粗末だと誰しも思うでしょう。

こういう親の心ない言動が、

子供を非行に走らせたりするのでしょう。

 

さらにそんなカインを神が追放したというのは、

ちょうど兄の非行に激高した親が

「お前なんかうちの子じゃない、出てけ!」

と怒鳴り散らすようなものです。

神には、カインの殺人の動機となった嫉妬の原因は

自分の浅ましい言動にあったという自己反省はないものか、

ただ腹を立てて追放したというその尊敬できない対処に

首をかしげます。

 

このカインとアベルの話から学べる教訓は

愚痴の心の恐ろしさ、です。

聖書が事実だと信じる心は私にはありませんが、

「まさるを妬む心」の恐ろしさがよくわかる話です。

これはカインだけでなく、誰の心にもあり、しかもそれは

肉親でも殺してしまうほど激しいものである、ということです。

お釈迦さまが、うらみ、ねたみの愚痴を、

最も悪を造る三毒の煩悩の一つに数えられていることが

よく首肯させられます。

 

そしてさらに学べる教訓として、

私たちは、特に人の上に立った時、

自分の接する人たちは皆このような、

理屈では精算できない、ある意味人間らしい、

ドロドロとした情を抱えていることをよく踏まえた上で、

ほめたり、叱ったりしなければならない、ということです。

 

歴史に名を残す、多くの人を惹きつけてやまない人物は

こういう人間の情を察知することに長けていた人なんでしょうね。

 

=========


仏教の教えをわかりやすく体系的にお話する

20回の無料メール講座好評配信中。